崖には放っておいても崩れそうな岩がごろごろしている。
そこに向けて魔法を打って崩落させると、川に落ちた岩が少しずつ堆積をしてく。
本来であれば川の流れに削られて、少しずつ角が取れて流されていくような石や岩も、人為的に大量に崩落されれば、川をせき止める堰となる。
グレイやアン、それにサッシャー家の魔法使いたちがそうして岩を削っている間、ほかの面々は一応周囲の警戒をしつつ、木に斧を叩き込んでいく。
子供たちは待っていなさいと、子供側に分類されてしまったクルムは、ただそれを見ていることしかできなかった。
ちなみに子供たちの護衛として、モーリスの手の者とゾエとグンナイがついている。
ちなみにロンヌスは見るからに力がありそうだからと、木こりのほうに回されているし、メロディエはしっかり魔法使い組としてこき使われている。
クルムは黙ってみていても仕方がないかと、ゾエとグンナイに近寄って話しかける。
「王都に入るための抜け道があるというのは本当ですね?」
本来王都はぐるりと壁に囲まれており、門を通る以外に出入りする方法はないはずだ。
例えばグレイのようなよくわからない身体能力と身体強化術を持っていれば、壁を登ったり飛び越えたりするのかもしれないが、それは普通ではないので除外とする。
騎士が外周を見回ることも多く、数年に一度特別にしっかりと見回りもされていて、抜け道などないはずなのだが、二人とも自信満々だ。
「あるんすよ。貧民街じゃあね、外行って動物狩って暮らしてるような奴らもいるんだ。おっと、いちいち門から出て行ったりなんかしねぇんす。そんなことをするには、狩人として働く許可がいりますからね」
ゾエの言うとおりだ。
王都における商売の全ては許可制である。
貧民街の住民が狩りに出て行って獲物をしとめても、精肉屋は相手にしてくれないだろう。
逆に、貧民街で暮らしている彼らが、精肉屋で肉を買うことも難しい。
東西南北合わせて四つの貧民街に住んでいた住人の数はそれなりだ。
彼らが全員肉を食わずに生きてきたはずなどなく、それならば、どこかで肉を調達してくるものがいたということになる。
「ご存じの通り、俺たちは意外と組織立って動いてやした。俺のとこにも、グンナイのとこにも、もちろんロンヌスのとこにだってブルトンのとこにだって、抜け道はいくつかあるんすよ」
「……そしてその多くは、壁を壊すのではなく……地面を掘ってトンネルとしたもの。……時折崩落することはあるが、その時はまた掘りなおせばいいだけ……。誰が貧民街の住人が暮らす、ぼろ小屋の下までトンネルがないかと確認するかね……」
王都の安全に勝手に穴をあけておいて、実にふてぶてしい男たちだった。
ただ、今のクルムは王都の安全を守るためにその穴をふさぐ係ではない。むしろ、それを利用して王都に侵入する側になったのだから、叱りつけるわけにもいかなかった。
「やはり、抑圧するとそういうことになるのですね……」
貧民街の民は王都に見捨てられた者たちだ。
当然自分たちを王都の民ではないと認識しているし、だからこそ、王都の安全などどうでもいいと思っていた。
そんな集団が数千から万人いたのだから、そりゃあセキュリティも穴だらけである。
「外から見て出入口がわかるものですか?」
「頭の中にいくつかあてがあります。好き勝手新しい穴を掘ってる奴もいるんで、全部知ってるわけじゃないですがね。俺の知ってる中につぶれてない穴がいくつかあるでしょうよ。王都東側からの侵入は、ま、俺に任せてくだせぇよ」
「……すべてだめならば、私のほうへ回ればいい」
やはりこの二人を連れてきたのは正解だ。
ロンヌスとメロディエは後からやってきて四天王となっているので、抜け穴を把握しているか微妙なところだが、貧民街に生まれ、貧民街で育ったこの二人ならば、まず間違いないだろう。
また、クルムたちとて王都を出るときに貧民街の住人全てを連れ出せたわけではない。
年老いていたり、気力がないような者は、貧民街に残してきている。
オブラ侯爵家勢力二か月程度では、貧民街を制圧することはできていないはずだ。
王都で動くにおいて貧民街は、クルムたちにとって非常に都合の良い隠れ家となるはずである。
続けて王都ではどんな動きをするべきかと相談を進めていくうちに、木こり部隊がずるずると木を引きずって谷底に投げ込み始めた。
どうやら岩を砕く段階は終了したらしく、今度は木を投げ込む段階に入ったようだ。
グレイが木々をなぎ倒し、谷底に投げ込む作業を加速させているうちに、山のてっぺんで雷が走り、間もなくてぽつりぽつりと雨が降り始めた。
普通の行軍であれば士気も下がるので、あまり嬉しくない天候であるけれど、今回は違う。
上流から流れてくる水が、だんだんと濁り、そしてせき止められて水位を上げていく。
投げ込んだ岩や大木に、押し流されてきた堆積物や小石が引っかかり、堰をより頑強なものとしていく。
それでもいつかたまりにたまった水は、即席の堰を押し流し、鉄砲水となって下流を襲うのだろう。そうなる前に、グレイに爆破してもらう。
ため込みすぎてはだめだ。
必要なのは、敵の弓兵が配置されている川沿いの低地を押し流すこと。
地形から見る限り、あそこはもともと大雨が降れば水があふれるようになっている場所だ。
クルムは時折谷底を覗き込みながら、じっとその時が来るのを待ち続けるのであった。
文ふりに出るために大阪にいます