撥水性のローブとフードをかぶっているとはいえ、雨を受けると少しずつ体温と体力を奪われていく。クルムの作戦にとっては恩恵であるけれど、それでも小さな子供であるほど疲労は大きくなる。
とどまっているよりは動いたほうがまだ体が温まるので、できることならば早めに出発したいところだ。
クルムはそれをわかっていながらも、自分の体調と相談しながら、ぎりぎりまでその場に待機。いよいよ勝手に堰からの水漏れが増え始めたところで、グレイを見上げてうなずいた。
グレイはわずかに詠唱をしたのち、手のひらに黒い鉄のような塊を出現させると、振りかぶってそれを堰に向かって思い切り投げつけた。
着弾と同時にグレイが「魂夜《たまや》!」と声を出せば、堰を形作るがれきが吹き飛び、濁流が一気に下流に向かって水かさを増していった。
クルムはそれを長く見守ることはなく踵を返した。
そうしてモーリスの手の者の案内に従って、森の中を進み始める。
水は勢いを増して下流に襲い掛かるだろう。
今頃北西方面軍は丸太などを盾にして、川を渡る準備を整えているように、敵に見せているはずだ。
実際に幾度か盾として使われたその丸太は、敵から射かけられた矢を回収したのち、今度はロープでくくられて再利用される予定だ。
水かさが落ち着いた川に筏のように浮かべるために。
そして、ぬかるんだ土地の上を足を滑らせずに渡るために利用される予定である。
雨が降ってきているので、敵方も警戒して弓兵を下げてしまっている可能性はあるが、そこはケルンや参謀陣の動き方に期待するしかない。
懸念としては、逃がしたリーが、クルムたちの動きを敵方に伝えて、何らかの対策を取られている可能性だ。腕が折れているとはいえ、並外れた運動能力を持っているだろうから、場合によっては先ほど放たれた水よりも早く本陣にたどり着く可能性がある。
そうなった時に敵方がどう動くかはもはや天のみぞ知るところだ。
クルムたちは敵方の本陣と思われる山の裏手を目指して、ただひたすらに森の中を移動し続けるのであった。
◇
セナト侯爵は陣の中に用意された椅子の上に座り、難しい顔をしながら右足のかかとで地面をたたいていた。いわゆる貧乏ゆすりだ。
威厳を出すために整えられた口髭と、顎鬚の周りには、うっすら青ひげが生え始めている。
年のころは四十くらいだろう。
すでに代替わりをして十年は経過しているが、貴族の中ではまだまだ若いほうであった。
セナト侯爵は王国南西に領地を持つ有力貴族である。
セナト侯爵家はもともとは地方貴族であったところを、早い段階でオブラ侯爵家に協力し、爵位を上げてもらったうえで、その手足として働き王都でも役職をもらっていた。
自認は武闘派であり、あの〈要塞軍〉のラウンド大将と向き合って、オブラ侯爵家、すなわちヘグニ王子派閥に力を貸すように、堂々と交渉をしたという実績もある。
もちろん、ラウンドはまともに相手をしていなかったけれど、誰も引き受けない仕事を引き受けたこと自体で、勇気があると称賛されたものだ。
当時はまだ、今よりも一層若く、早く派閥内での実績が欲しかったセナト侯爵は、その件もあって積極的に難しい案件に名乗りを上げるようになっていた。
実際にオブラ侯爵家が権勢をふるっていることは、王国貴族の多くが理解していたため、場合によっては交渉がうまくいったことだってある。
そうなれば周りはますますセナト侯爵を持ち上げるし、セナト侯爵だって日に日にその気になっていった。
剣術なども十分に鍛えており、一般的な兵士であったり、自分の部下の中の強いとされる剣士を相手にしても勝利するほどの腕前がある。
いつか来る日に備えて軍略だって学んだ。
盤上遊戯は国内の達人相手ですら良い勝負をする。
さて、そんなセナト侯爵がこの場にいるのには理由がある。
オブラ侯爵曰く、クルム王女他、王都から逃げ出した反逆者たちが、愚かな貴族たちをそそのかして王都へやってくる可能性がある。
各地で反乱を起こす可能性はあるが、最も警戒すべきは北西方面だろうと。
誰か勇ある者はいないか、そう問いかけられた。
当然、セナト侯爵は名乗りを上げたし、派閥のほかの貴族たちもその勇気を拍手で称えた。
誰だって命がけの泥臭い戦場になど出たくない。
つまるところ、オブラ侯爵家派閥におけるセナト侯爵の立ち位置は、体よく面倒ごとを引き受けてくれる人物であったのだ。
さて、セナト侯爵はオブラ侯爵他数名と十分な協議をしたのち、近辺の地図を出されて、まさにここだとわかる要所に布陣することにした。
誰もが反対しなかった。
そして、セナト侯爵は自領の兵士や、いわゆる寄子貴族の兵士たち。さらにはオブラ侯爵家派閥の同格貴族たちの兵士まで借りた上で、オブラ侯爵から懐刀と呼ばれるボレアスという人物まで預けられてここまでやってきたのだ。
ボレアスは出発前に、念のための案として、民を兵士に見立てて連れていくことや、いざとなればそれを盾にして退却も考えることなども提案してきた。
始まる前から負けることなどと、セナト侯爵は内心で馬鹿にしていたが、流石にオブラ侯爵家からの預かり者であるので強く反対はしない。
そんな具合に、出発時点からやや不穏な空気を漂わせながら、セナト侯爵軍はこうして川、森、山、という非常にわかりやすく守りやすい場所に、軍を展開していたのであった。