無事に王都の民の一部を仲間にすることに成功したクルムたちであるが、実はこれもメリットばかりではない。
まず素人が混ざることにより、行軍速度が遅くなる。
素人集団にデマを流されると、そこから軍が瓦解するきっかけになり得る。
兵糧が余分にかかるなど、デメリットはあるのだ。
しかし、王都まではもう少しの距離であり、兵糧に関しては慌てて逃げて行ったセナト侯爵が置いていってくれたので、さほど問題はない。
クルムは一瞬首脳部と合流し、この先の動きについて共有すると、すぐにまたここまでと同じような手勢を連れて王都へと先行することにした。本隊が再びセナト侯爵と対陣する時には、クルムたちの王都での活動は終わらせておきたい。
ここから全力で夜通し王都に向かえば、数日の猶予はあるはずだ。
今回はサッシャー家は本隊で待機。
ロブスとグレイ、それからブルトン以外の貧民街四天王の四人とクルムというパーティ編成である。
慌てて逃げて行っただろうから罠はないだろうという前提で、道をまっすぐに駆け抜け、その背中に追いつきそうになったところで森の中へ飛び込み、ひたすら王都を目指す。
敵の撤退に追いついたということはすなわち、セナト侯爵の敗戦が王都に伝わる前に、王都に入り込むことができるということだ。
クルムはグレイの背中に、メロディエはロンヌスの背中に乗っての行軍で、なぜだか最初に息を切らして立ち止まったのはグンナイであった。見るからに体力がなさそうではあるので仕方がない。
それでも随分と長い距離を走り続けてきたことを考えれば頑張った方だろう。
見ればグレイとロブス以外は肩で息をしているので、そろそろ限界だったのだろう。
「情けないのう……」
「いやいやいや、きついっす、グレイさんたちと一緒にされても困るんすよ……」
「この件が終わったら鍛えてやろうか?」
「勘弁してくださいよ……」
肩で息をしながらも、ゾエは軽口をたたいてついていく。
「歩け歩け。止まると余計きつくなるんじゃ」
「あの、背中代わりましょうか?」
「…………勘弁してくれ、歩く」
クルムが背中から視線を向けると、グンナイは足元にあった棒を拾い、杖のようにして歩きだした。
すでに随分と距離は稼いだ。
すでにすっかり夜になっているので、下手に走っては転んで怪我だってするかもしれない。
一行は進行速度を少し落としながら、ゆっくりと森の中を進み始める。
「私も歩きます」
「ふむ、そうじゃな」
走るわけでなければ歩幅の狭いクルムだってついていける。
メロディエもロンヌスの肩をポンポンと叩くと、地面に降りて歩きだした。
先頭を歩くグレイが、時折足元の注意をしながら進むこと数時間。
ようやく少し先に、背の高い街の壁が見えてきた。
予定通り、間もなく日が昇ってくる時間だ。
道を無視して直線的に進んだため、途中から歩いたにしてはそれなりに早い到着である。
「もう少し、東側へ行きますぜ」
ゾエがすっかり憔悴した顔で、それでも鋭く壁に目を走らせて告げる。
人の通りが多くなる前に王都の中に忍び込みたいのだ。
時間はあまりない。
一行はゾエの言うことに従って、ぐるりと城壁沿いを時計回りに移動する。
視線を上の方へと向けていたゾエは、やがてぼろ布が巻きつけられた枝を見つけると、「ここでさぁ」と言って、そこからさらに大股で十歩ほど森の奥へ移動した。
そこで地面に積み重なった土や葉を軽く払うと、平たい石が見えてきた。
それをずらすとしっかりと固められた土壁に、手足をひっかけるようなくぼみが彫られている。
ゾエはランタンに火をつけると、縄でくくってするすると穴の中へおろしていく。
「俺が先に行きますぜ。中は狭いですが、グレイ先生でもぎりぎり這って通り抜けるくらいはできるはずだ。時間を空けてゆっくり来てくだせぇ。グンナイ、最後の蓋閉めは頼んだぜ」
「……わかった」
ゾエはそういうと、とんとんとくぼみに手足をひっかけてさっさと降りていき、そのまま見えなくなってしまった。
「そんじゃ次は俺が」
ほんの少しも怖がるそぶりを見せず、ロブスがそれについていく。
恐怖心が麻痺しているのか、何の躊躇もなく穴の中へ降りて行った。
「あー、結構狭いっすねぇ」
そんな声だけが聞こえてくる。
「次は儂がいく。クルムはすぐ後ろからついてくるが良い」
グレイはそう言ってどこに足を引っかけるわけでもなく、ぴょんと穴に飛び降りると、すぐに腹ばいになって腕の力だけですいすいと進んでいってしまった。
慌ててクルムが追いかけ、地面に降りた頃にはもうその姿はさっぱり見えない。
「先生、いますか?」
「さっさとくるんじゃな。もしや怖いのか?」
ニヤついた声が聞こえて、クルムはイラっとしながら声がした方に向けて膝と手をついて進んでいく。クルムくらいの身長ならばしゃがむくらいはできる広さだが、この方が進むのが速い。
真っ暗だった。
ただ、随分と先に、ぽつりと光がちらちらと見える。
最初に潜ったゾエが、火をたいてくれたのだろう。
時折見えなくなるのは、先に進んでいるグレイの身体でそれが遮られるからだ。
つまり、少し先にグレイがいることも間違いない。
息がつまりそうであった。
しかし数分後、クルムは無事に奥の広い空間までたどり着く。
そこは入ってきた場所とは違って、狩猟道具やらランタンの予備やらが置かれていて、それなりに広い空間になっていた。穴倉ではあるが、木材で支えられており、押しつぶされそうな不安感はない。
「……貧民街の方々は、こんな穴をよく利用されているんですね」
「ま、肉は必要だからな。もっとでかい獲物を手に入れた時用のでかい穴もあるんだが、そっちは崩れやすくてなぁ」
後ろから泥だらけの顔をしたメロディエがひょっこりと顔を出してきたのを確認しつつ、クルムはゾエの言葉に、改めて貧民街の住人の暮らしの厳しさを思うのであった。