貧民街は驚くほど静かだった。
もちろんその理由は、住民の多くをクルムが連れて出て行ったからなのであるが、それにしても嫌な活気のなさであった。
「ちょっと様子を見てきますぜ。皆さんは休んでいて下せえ。ほれ、いくぜ、こんな時のために俺たちはついてきたんだ」
ゾエがそう言って、グンナイとロンヌスに指をくいくいっとやって呼び、そのまま外へ出て行った。
貧民街四天王であれば、元々貧民街で暮らしていたのだから、ふらふらしていたところでそう目立つことはないはずだ。オブラ侯爵家側も、貧民街の誰がどのようにクルムに協力していたかまでは知らないはずである。
グレイは道具を巻いている藁をはがすと、ポイッと地面に投げる。
「それを敷いて休むが良い」
羽織っているローブやマントは撥水性のものであり、どこであっても浸水はしないが、それでも冷える。メロディエは小さいだけでエルフとして大人であるけれど、クルムはまだまだ子供の身体だ。
いくら鍛えているとはいえ、あまり無理ばかりはさせられないとグレイも分かっている。夜通し起きて移動したのならば、次の行動のための休息が必要である。
「……ウィクトさんやパクス様は無事でしょうか」
クルムは素直に藁を編んだものの上に腰を下ろすと、体を小さくして目を閉じる。
言葉を発するのは必ずしも答えを求めているからではなく、自分の思考をまとめるためでもあった。
「ウィクトはまともだから問題なかろう」
「パクス様はどうでしょう」
「パクスはまともでないから問題なかろう」
「ふっ、そうですね」
クルムは小さく笑って考えるのをやめた。
どちらにしろ無事だと信じているらしいグレイの言葉は、何の根拠もなくてもそうなのだろうという気にさせる力強さがある。
本当に考えるべきことは背中に乗っていた間に、十分に考えてきている。
クルムはまどろみに身を任せて、どろりとした疲れを癒す。
次に意識が浮上した時には、穴倉から出かけて行った四人が戻ってきていた。
クルムははっと目を開けると、僅かに口の端から垂れていたよだれを拭って立ち上がる。
「どうでしたか?」
「ああ、寝てても良かったんですぜ。どうせ俺たちも一休みさせてもらうところでしたから。貧民街はいつもと変わらねぇっちゃ変わらねぇですが、教会の炊き出しだとか、〈万年祭〉の仕事だとかが無くなってから元気はねぇです」
「……街も、最低限の店しか開いていない。……通りにも人が少なく、見たことのない兵士たちがうろついている」
ゾエとグンナイが、順番に見てきたことを報告する。
貧民街も、王都の住民も元気がないのは、おそらくオブラ侯爵家が情報を意図的に制限しているからだろう。
なんだかんだと言って、王都の民のハルシ王家への忠誠は厚い。
いくらジグラを表に立たせたとしても、それ以外が一斉に死んだといえば不審に思うものだっているはずだ。
「一応ジグラ王子が、後継者ってことになってるみたいですねぇ。ただ話がどうもかみ合わねぇ。他国から王宮に敵が入り込んで、ほとんど皆殺しにしちまっただとか、それを招き入れたのがセルルト王子だとか、まぁ、色々と。状況を伝える方も、どう伝えんのが一番都合がいいのか考えてんじゃないですかねぇ」
「街の人は戦争だけじゃなくて、アハーバ王国の人たちが連れてきた人たちが乱暴するから、怖くて外に出てないって」
最後に、より街の人に近い意見を伝えたのはメロディエであった。
見た目が少女のようなエルフであるから、街の人も多少気を許して話をしてくれたのだろう。
他の三人では、外からやってきた乱暴者の一味と思われてもおかしくない。
相変わらずメロディエとロンヌスの関係性を知らないゾエとグンナイは、じろりとメロディエを見て首をひねる。
だがメロディエは特にこの二人に事情を明かすつもりはなさそうであった。
「ありがとうございます。少し休んでください。空が暗くなってきたら街へ出て、まずは冒険者ギルドを目指します。おそらくウィクトさんがそこにいるはずなので。私たちのことが多少調べられていたとしても、ウィクトさんと私のつながりを知る者は少ないはずです。パクス様のところへ直接行くよりは警戒されていないはずですから、そこを足掛かりにするつもりです」
「それじゃあお言葉に甘えて」
ゾエはそういうと遠慮なく地面に横になって休み始めた。
グンナイもそれに続き、メロディエはロンヌスに抱きかかえられるようにして目を閉じる。
クルムは起きている面々に作戦を伝える。
「移動はロブスさんに近くで守ってもらいます。ロブスさんの顔は知られていないはずなので。オブラ侯爵家は先生のことを強く警戒している可能性があります。背が大きくて鬚とガタイが立派な老人、となれば即座にばれる可能性がありますので、屋根の上などを渡ってこっそり護衛をしていただきたいです。モーリス殿の手の方々は、先行して危険がないかの確認を。今調査に出ていただいた四人には、私たちの跡をつけるような形にしてもらいます。よろしいですか?」
「うーむ、流石に立派な鬚すぎてバレてしまうか、仕方あるまい……」
グレイは満足げに白く長い鬚を撫でている。
どこまで行ってもマイペースなグレイを見ると、たまに無性に腹が立つのであるが、それと同時に肩の力が抜けるクルムである。
「まぁ、ばれるでしょうね、立派なので」
今回の場合は、いい感じに肩の力が抜けたので、クルムは笑いつつも素直に自慢の鬚をもう一度褒めてやるのであった。