グレイは堂々とギルド内を歩き、そのまま奥の部屋へと入っていく。
そこには本来はこの街の冒険者ギルド支部長がいるはずなのだが、今はもっと位の高い、グレイの知り合いがいるはずであった。
数人が一瞬グレイを止めようと視線を向けて、すぐにそれを諦める。
ここに集まっている冒険者は木端ではない。
それなりに名の知れたような奴らが、今の政府が出したよく分からない命令に反対をする気持ちで集まっている。そんな者たちだからこそ、見た目で、雰囲気で、仕草で、グレイのやばさを感じ取っていた。
クルムも慌ててその後を追いかけていく。
グレイが奥の部屋の扉に手をかけようとしたところ、中から扉がそっと開けられる。
「なんじゃい、そんなに身構えて」
ゆっくりと扉が開いた先には、両手で剣の柄を握ったウィクトが待っていた。
グレイが言葉を発した瞬間、ウィクトは笑って武器から手を離す。
「いやぁ、扉の先にいるのが相当な強者だろうって分かったもので、つい」
「間違いではないがのう」
「あ、どうぞ奥へ」
グレイと、もちろんクルムもそのまま奥へ通される。
そこには四十代くらいの男性が一人、疲れた顔をして座っていたが、ウィクトはあまり気にしていないようだ。
「これから役人……というか、今の王都を牛耳ってる者たちの手先が来ますが、適当に相手をして帰すので、ちょっと待っててください」
そう言って出て行ってしまったウィクト。
そうなると部屋に残されたのは、四十代の男性と、グレイとクルムのみである。
「……あ、どうも。お二人はもしや……【青天の隠者】殿と、クルム王女殿下でしょうか?」
ウィクトがこの部屋で共に過ごしているのだから、素性を知られて困る人物ではないはずだ。それでも先にそうして確認をされれば多少の警戒はする。
グレイは気にした様子がなかったが、クルムが目を細めたのを見てその男は膝に手を置いて頭を下げた。
「ああ、失礼いたしました。私は王都の冒険者ギルド支部長のヴェルバと申します。ウィクト殿にはいつもお世話になっておりまして……この度も……はぁ」
ヴェルバは暗い部屋で青白い顔をして、胃のあたりを押さえながらため息を吐いた。相当ストレスが溜まっているのであろうことは表情を見れば一発でわかる。
ちょっとかわいそうにもなるが、あまり甘いことばかり言っている場合ではない。
クルムが様子を観察していると、ヴェルバは勝手に立ち直り「失礼しました」と頭を下げて、一度扉の外の様子を窺った。
まだ役人は入ってきていないようで、静かなものだ。
それを確認してからヴェルバは再び口を開く。
「今、ここ、王都の冒険者ギルドには、一癖も二癖もある冒険者たちが集まっています。それは各国からやってきた重鎮たちを護衛のために雇った者たちで、今のこの状況に強い不満を抱いています。王都の冒険者ギルドというのは、本来あまり強い冒険者が所属しておりません。なぜなら、必要がないくらいにハルシ王家と、騎士団の働きが優れているからです」
ヴェルバはそう言ってちらりとクルムの様子を窺った。
本心半分、ご機嫌取り半分と言ったところか。
クルムの表情がピクリとも動かないのを見て、ヴェルバは鳩尾のあたりにあてていた手を緩く握った。
そもそも身分の高い人物と話すこと自体がストレスであるようだ。
実際、ヴェルバの言う通り王都には特筆すべき冒険者は殆んど所属していない。
いたとすれば、王都の外で暮らしていたグロウバウゼンくらいなものだろう。
ついでに、あとのめぼしい者たちは大体、ファンファに引き抜かれてしまっている。
「ところが今は御覧の通り、腕に自信のある者が溢れています。今の政府は〈万年祭〉にやってきている客人たちの安全を保障すると言っていますが、自由に動くことは禁じています。それに腹を立てた客人たちが、冒険者や、王都の裏社会の住人たちを煽って、少しでも迷惑をかけてやろうと、毎日のように憂さ晴らしをしているというわけです」
道理であまり見覚えのないような冒険者が多かったわけである。
そして、妙に連帯感があるのもそのせいなのだろうとクルムは理解する。
「……来ましたね」
扉の外の音を聞いたヴェルバはそう言って黙り込む。
それにつられて、クルムもグレイも、外のやり取りに耳を澄ませることにした。
◇
「毎晩毎晩派手な行動を続けるのはやめていただきたい。今は戦時中だ」
「何を言ってるんですかい、俺たちはこうして、静かに、葬式みたいな顔してギルドに籠っているだけですぜ?」
白々しいことを言ったのは、クルムたちをここまで連れてきた赤ら顔の男だった。
酒臭い息を吐きながら、良くもまぁぬけぬけと言い切ったものである。
「貴様……あまりに酷いと、そろそろ数人しょっ引くことになるぞ」
挑発に耐えかねた一人がそう言った瞬間、その発言をした兵士一人に向けて、ぎろりとギルド中から視線が注がれた。
「しょっ引く?」
「どいつだ、今言ったのは」
「俺たちは、ハルシ王国の民じゃねぇんだよ」
「舐めてんのか?」
今にも武器に手をかけそうな勢いで、ぽつりぽつりと不満が上がれば、やってきた兵士の一人は慌てて言い訳をする。
「目に余るようであればだ! ウィクト殿! 冒険者ギルド総長として、冒険者の管理はしっかりしていただきたい!」
「冒険者ギルドの役割は、自由な冒険者に仕事を割り振ることです。管理までは担当していませんと、以前も申し上げました」
「くっ、こんな調子で戦いに負ければ、お前らの雇い主だってただではすまぬかもしれんのだぞ!」
冒険者たちは顔を見合わせると、一斉に噴き出してゲラゲラと笑った。
「その時は戦うさ。俺たちだって依頼を達成するためにはちゃんと働くんだ」
「そうそう、お前らに心配されることじゃあねえさ」
「負けることなんて考えちゃあいけねぇぜ、なぁ?」
役人たちは冒険者たちの笑いから逃げるようにじりじりと後ずさり、やがてギルドから出て行きながら声を上げた。
「とにかく、規則を守るように!」
その背中を冒険者たちのゲラゲラ笑いが追いかける。
下品ではあるが、それは実に冒険者ギルドらしい雰囲気であった。