静かに部屋に戻ってきたウィクトは、ちらっとヴェルバを見て尋ねる。
「自己紹介くらいはできましたか?」
「お陰様で」
ヴェルバのウィクトに対する態度は、クルムたちに対してよりもだいぶ柔らかかった。王国が封鎖されて以来、随分と一緒に過ごしてきたからなのか、それともウィクトの穏やかな人柄ゆえか。
「ヴェルバ殿はこの街の冒険者ギルド支部長。あまり表にはでませんが腕は確かなようです。それから……今の王都の状況を憂いている一人でもあります、ね?」
もし本当はそうじゃなかったとしても、こんな話の振り方をされては頷かざるを得ないのではないかとクルムは思う。
ただ、ヴェルバは話を振られると、眉間にしわを寄せて盛大にため息を吐いた。
「王都は……世界的に見ても平和な街です。冒険者ギルドの稼働率は低く、実力はぼちぼち程度の冒険者がのんびりと日銭を稼ぎながら暮らしています。私はいつかそんな王都の冒険者ギルド支部長となって、のんびりと生涯を終えることを夢見て、そして夢をかなえたのです!」
何を言うのかと思えば、理想が高いのか低いのかわからないようなことを力強く語り始めたので、クルムは思わず目を細くして首を傾げた。
「かわいそうに、王都の冒険者たちは今の政府と、各地からやってきた乱暴な冒険者たちを恐れて、すっかり家に引きこもってしまっています! ああいうやつらの相手がしたくないから、私は王都の冒険者ギルド支部長になったというのに!」
「なんじゃこの頓珍漢は」
グレイが呆れを口に出すと、ウィクトは笑って答える。
「ここまで行くとちょっと面白くないですか? 実はこう見えて現役時代は凄腕の魔法使いだったらしいんですよ。調べたところによると、【五惑】なんて二つ名で呼ばれていたらしいですよ」
「あの、私は結構真剣に語っているんです。ハルシ王国は平和であってほしい。王都は平和であってもらわねば困るのです。少なくとも私が冒険者ギルド支部長であるうちは。ですから……ふふ、クルム王女殿下。私は協力しますよ、王女殿下に。王都に平和を……平穏を取り戻したいのです……っ!」
「そういうことでしたら……よろしくお願いいたします」
間違いなく扱いが難しいタイプの変人であった。
もしかしたら時間をかけてウィクトが変人の思考を誘導してくれたのかもしれないが、なんとなく元からこういう人物であったような気もしている。
きっとこんなことになっていなければ、クルムと直接話をすることもなかったような人物なのだろう。なにせこの男、まだクルムが王都にいたころ、何度か接触を図ろうとしても、一度もその機会を得られずにいたのだから。
もう一つ助かることがあるとすれば、どうやらウィクトがこの人物を信頼している点である。
新たに味方に引き入れる人物は敵側からの間者である恐れがあるのだが、ウィクトというバランスの良い人間が信頼をしているのならば、無条件に信じていいことになる。
ちょっと変な人たちが太鼓判を押していたとしても、首をかしげて警戒しなければならないが、グレイが信頼していてかつ、社会的にも非常に高い身分まで上り詰めたウィクトであるのならば、クルムも気を抜けるというものである。
「まずは、情報の共有をします」
クルムは二人に向けて王都を離れてから味方につけた勢力と、先日ぶつかったセナト侯爵軍との一件について話をする。
一通り話を聞いたウィクトとヴェルバは顔を見合わせて、そしてヴェルバが口を開く。
「【崩天拳】のリーと言えば、有名な冒険者ですよ。ここからずっと東の方へ行った国の出身で、若くして調子に乗って、名のしれた奴に次々喧嘩を売るというろくでもない奴で、私もまだ冒険者だったころ絡まれたことがありましてね……ざまぁみろ、ふふ」
ヴェルバは見事に、陰険な人間特有の笑いを見せてくれた。
絡まれた時の結果を聞く気にはなれないけれど、どうやらヴェルバからの好感度はまたちょっと上がったらしい。
「なるほど、状況は分かりました。こちらが分かっていることと言えば、ジグラ王子が即位をしようとしていることくらいでしょうか? 噂によれば、ジグラ王子以外の王族のほとんどが命を落とすか行方不明、だそうで。それから、アハーバ王国からやってきた貴族であるところのレッズ公爵は、密かに一般人に扮して兵士を紛れ込ませていたようで、王宮の一角で偉そうにしているそうです。ジグラ王子の母親の実家なんですかね? 黒幕の一人であることは間違いないかと」
「詳しいですね」
「ええ、冒険者の方にも数人そっちの味方が紛れてましてね。各地からやってきた冒険者同士連携してそいつらを炙り出して、細かいことを聞かせてもらったんですよ。ま、冒険者ギルドからは全員追い出しましたけど。貴族に仕えるのなら、そっちで世話をしてもらえってね」
冒険者ギルド総長がそういえば、逆らえる者などいない。
そもそもファンファについている冒険者達だって、ファンファに仕えるようになってからはほとんど冒険者ギルドには顔を出していない。
昔馴染みのつてをたどって情報収集するくらいは許されても、隠れて騙すようなやり方は、冒険者としてそもそも推奨されていないということなのだろう。