「……パクス商会がどうなっているかはご存じですか?」
続いてクルムは、もう一人の大事な後援者の名前を挙げる。
王都に残ったパクスが今どうしているのかは、どうしても知っておきたいところだ。
「特に何かをされたって話は聞かないですね。ただ、商店自体が今はあまり動いていないから、最低限の営業で早い時間に店を閉めます。ほかの店と同じようにルールに従って営業をしているはずですよ」
パクスが残っているからこそうまく回せている部分はもちろんあるのだろうが、この話だけ聞くと、それほどパクスが王都に残った意味があるようには思えない。あの男のことだから、わざわざ王都に残ったのならば、きっと何かの意味があるはずなのだ。
クルムのまだ知らない情報の一つや二つ、きっと抱えているはずである。
「……パクス商会に顔を出してみます」
「夜のうちにですか?」
「はい。先生、いきましょう」
「ふむ、そうじゃな。あ奴ならば、何らかの重要な情報を手にしている可能性はある」
グレイは自分の弟子であるパクスの才覚を信用している。
大っぴらに褒めることもないので、もし今の言葉をパクスが聞いたら、後でひっそりと喜んでむせび泣くかもしれない。
「出るなら裏口からどうぞ」
それまで黙っていたヴェルバが立ち上がり、ソファと棚を横にずらして、その奥にあったつっかえ棒を外して扉を引いた。
冒険者ギルドの裏口。
本当に誰も通らないような、人が一人ぎりぎり通れる程度の細い路地である。
「こんな扉があったんですか」
「私が就任してから作りました」
しれっと白状したヴェルバを、ウィクトが横目で見る。
別にこのギルドの管理者であるから、もちろんこれくらいの改造は構わないのだが、なんというか、本当に徹底している男であった。
「向こうにいる人たちには休んでいるように伝えてください。上の……モーリス殿の手の者と共に行ってきます」
「ああ、やはりあれはお仲間だったんですね。聞き耳を立てる様子もないので、そうだと思っていましたけど」
ウィクトが今度はちらりと天井を見上げて呟いた。
「はい。では、行ってきます。日が昇る前には帰りますので」
ウィクトとヴェルバがこくりと頷いたところで、まずグレイが先に出て、垂直跳びで屋根に飛び乗り、それから腕を伸ばしてクルムの手を掴み屋根の上に引っ張り上げる。
移動は当然、グレイの背中に乗ってである。
王都の夜の街の上を、目立たない二つの影と、王女を背負ったやたらとでかい老人が駆け抜ける。
人手が足りないからなのか、昼間以上に夜間の警備はざるで、ほとんど気にする必要もなくパクス商会までたどり着くことができた。
先行していたモーリスの手の者二人が、パクス商会の屋根にトンと足を乗せた瞬間、足下から殺気を感じて慌てて屋根から飛び降りる。
直後商会の裏口が開いて、槍を持ったいかつい男が数名、肩を怒らせながら姿を現した。どっからどう見てもチンピラ。人を脅かすのが仕事ですというような容姿をした者ばかりなのだが、なかなかどうしてその武器の構え方が堂に入っている。
素人ではなく、間違いなく何者かに武術を習った者の構えであった。
そこへとん、と音もなく降りてきたのはグレイである。
槍を構えた者たちをじろりと睥睨しつつ、クルムを地面に下ろして口を開く。
「何じゃいお主ら。さっさとパクスを出さんか」
グレイがそれを口にするかしないかのうちに、槍を持った男たちは慌ててそれを引っ込めて「どうぞ中へ」と道を開けた。前に一人が急ぎ中へ入って走っていく。
おそらくパクスにグレイたちの来訪を知らせに行ったのだ。
つまりこのガラの悪そうな連中は皆、パクスの手の者であるということだ。
商会長ともなれば護衛部隊がいるくらいは当然であるが、夜中にこれほど俊敏に対応をしてくるということは、パクスがどれだけ今の王都の環境を信頼していないかがよく分かる。
廊下を進みながらクルムは尋ねる。
「パクスさんって戦える方なんですか?」
「ぼちぼちじゃな」
「ぼちぼちだと分からないのですが……」
グレイが自分基準に話しているのか、一般人基準で話しているのかが分からないと、ぼちぼちの強さのレベルも随分と変わってくる。
個人情報をあえて漏らさないようにという配慮なのかもしれないが、たまにじれったくなるクルムである。
横を見ながら答えを待っていると、奥から護衛の一人を引き連れたパクスが出てきてしまった。寝起きであるというのに、いつもと変わらぬ全身黒尽くめで、口までおおわれている。
「……お久しぶりです」
「ようこそ、こんな夜中に。昼間に見られるよりはだいぶいい考えでしょうね。先生も、遠方より遥々ようこそお帰りなさいました」
さらりとクルムに嫌味なのか褒めなのかわからぬ言葉を吐いた後、パクスはしっかりと頭を下げてグレイを歓迎した。
あいかわらずの様子に安心と呆れの気持ちを持ちつつ、クルムはパクスに案内をされて話をするための部屋へと向かうのであった。