「助けるつもりです。そうしなければ、後悔しそうなので」
「曖昧なことを言いますね。それに助けに行くのは、クルム王女ではなく先生でしょう」
目をそむけたくなる事実を延々と突き付けてくるのがパクスである。
分かっていたが、当然のごとく突っ込まれた。
そして、それでいてなお、クルムの気持ちは変わっていなかった。
「パクス様の仰ることも分かります。助けに行く労力を割くほどの、見返りが得られるかどうかの話でしょう?」
「そうですね。それに、今回は犠牲となりそうですが、元々ヘグニ殿下はあなたの敵であるはずです」
「得られないかもしれません。それに、元々私は兄たちを敵と認識していたことも間違いありません」
分かっているのならなぜ。
そんな言葉もパクスは口にせず、クルムの言葉の続きを待った。
「しかし、助けに行きます。そうでないと、胸を張って王位に就けそうにないので」
「さっぱり理屈が分かりませんが? あなたの双肩に、多くの人間の未来が乗っていることを理解していますか?」
「もちろんわかっています」
クルムは見えないパクスの顔をじっと見つめ返す。
パクスも黙ってそんなクルムの表情を見つめている。
きっとクルムの気持ちが変わることがないのだろうと分かっていながら、じっと見つめている。
「理屈と道理だけで動くのならば、お主とて儂の元を飛び出しておらんかったじゃろう」
「……つい最近まで、敵であった相手ですよ。目的は?」
グレイが珍しくクルムの肩を持った。
グレイは、暴力や理屈で信念を曲げない者がいることを知っている。
随分と昔に、パクスが忠告も聞かずに飛び出した挙句に死にかけたことも、今クルムが敵であったヘグニを助けに行く決断をしていることも一緒だ。
だったら今度は、大けがをしないように見張っていてやろうというのがグレイの考えである。
あの時のパクスは、グレイに協力を仰ぐことを遠慮した。
気を遣って大けがをした。
はるか昔グレイの友人であるナックスは、何かを知っていた上でグレイのことを慮って口にしなかった。
その結果命を落とした。
だがクルムは、グレイに協力を仰ぐ。
それは酷く生意気であるとも、身の程をよく知っているとも言える。
そしてもしかすると、それこそが人を導く者に最も必要な才能であるのかもしれなかった。
自分でできることを広げていくのではない。
やることを決めて、確実にそれを成功させるために、周りに居る者をすべて使うわがままさ。
グレイは誰かに利用されることが嫌いだ。
しかし、弟子であり、相棒であるクルムが、遠慮せずに自分にものを頼んでくるのは、いっそ気持ちがよかった。こいつならば死なずにやり切るのではないかという期待が、仕方ない手伝ってやるかという気持ちにさせる。
「目的はあります。最後までいがみ合っていた私とヘグニお兄様が手を組んでいることが分かれば、相手方にいかに理がないかが伝わります。勝利した場合には、仕事を任せられる者が一人増えます。また、ヘグニお兄様の思いを聞くことができます。ヘグニお兄様しか知らない、陛下の気持ちも聞けるかもしれません。なにより、兄を失わずに済みます」
「あまりに理由が個人に寄りすぎている」
「分かっています。でもやります、私が納得できない道を歩んでも仕方がありません」
パクスは小さくため息をついた。
「取引相手には適さない方を、取引相手にしてしまったようです。私の目利きが悪かったようです」
「いいえ、パクス様の取引相手……私は、これからまだまだ大きくなります。後悔はさせません」
話をしている間に、ますます引く気が無くなったクルムの目には、やる気の炎がみなぎっている。人一倍大きな前へ進もうという意思が、理屈や正当性を燃やし尽くして道を作ろうとしている。
「…………良い結果をもたらすことだけ、期待しましょう」
パクスはそこでぴたりと突っかかることをやめた。
クルムが絶対に引かないことを理解し、問答が無駄であると悟ったからだ。
すでに引くことはできないところまで来ているのだから、協力せざるを得ない。
コントロールできない取引相手というのは、いくら利益をもたらすとはいえ、パクスにとって非常に厄介な存在であった。
「ところで、どうです、ヒューレは役に立ちましたか?」
元気にしていますか、と聞かないのがパクスらしかった。
元気にしているかどうかは、どうしているかを聞けばわかる話だ。
「とても。兵士を集める際、冒険者とのつながりを強化してくれました。他にも、話し合いに交じって意見を出していただいています」
「そうですか。まぁ……そうでなくば、ついていかせた意味がありませんからね」
涼しげにそう言っているし、おくびにも出さないが、当然パクスは喜んでいた。
大事に育てた息子の活躍を聞いて喜ばぬ親などいない。
それは何のヒントもなくたって、なんとなくクルムにも伝わってきた。
そしてそんな話を切り出したことこそが、パクスによる、ヘグニ救出作戦への渋々ながらの同意であることも、クルムはなんとなく察していた。