転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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久々の魔窟

「日付が変わる前に王宮へ行きます」

「ほう、動きが早いのう」

「セナト侯爵からの報告が入れば、敵方も警戒します。明日の夜には報告が届いている恐れがあります」

 

 暗い廊下を歩き、喋りながらクルムは思考をまとめていく。

 

「モーリス殿の手の者に冒険者ギルドまで走ってもらい、今晩二度目の冒険者たちの宴をしてもらいます。ついでに大通りまでプラプラしてもらえれば大助かりですが……その辺りの加減は、事情を聞いたウィクト殿とヴェルバ殿に任せます」

「おとりか」

「はい。本気で排除する気はなくとも、随分と気にされているようでしたので」

 

 廊下を抜け、裏口から外へ出る前に、パクスが一言だけクルムに声をかける。

 

「無事に戻られますように」

 

 それは確かにクルムの無事を祈るものであったが、同時に、自分のわがままで動くのだから信じてついてくる者に迷惑をかけないようにという戒めも含まれていた。

 

「はい、もちろん」

 

 クルムが引かずに答えると、パクスは僅かに眉を顰め、続けてグレイの方を向いて「ご武運を」と丁寧に頭を下げた。グレイは片手をパッと上げただけの反応であるが、二人の信頼関係が見て取れるようなやり取りである。

 やや疎外感を感じながらも、クルムはためらうことなくグレイの背中によじ登りつつ、モーリスの手の者に指示を出していく。

 

 予定通り情報を伝えて、彼らが飛び立ったところで、グレイも裏道や屋根を伝って王宮の方へと駆け始める。

 舌を噛むので背中に乗っている間クルムは口を開かない。

 ただ、時折屋根の上から見える王宮を遠くに睨み、その長く暮らした家でもある魔窟が今どうなっているのかと想像する。

 

 地下牢の位置はすべて把握している。

 どこにどんな部屋があるのかもだ。

 まさに勝手を知った我が家でもあるわけで、ヘグニが閉じ込められているであろう場所にはいくつか当たりをつけている。

 

 少し手前で地面に降りたグレイ。

 クルムもその背中から下りて、ゆっくりゆっくりと路地を進んでいく。

 

「最初に狙うのは、ヘグニお兄様の使っていた部屋です。セルルトお兄様の部屋に繋がっている区画ですね。オブラ侯爵が、ヘグニお兄様をスペアとして使おうと思っているのならば、表向きは下手な扱いはしないはず」

 

 王宮の出入り口が見えるあたりまでやってきた二人は、建物の影に隠れ、その場に座り込んで様子を探る。

 

「……ウィクト殿たちがうまくやってくれれば、そのうち王宮から兵士たちが出て行くはずです」

「出て行かなければ?」

「どちらにせよもう少し夜が更けるまでは待ちます」

 

 腹の立つ者は皆正面から殴り伏せるタイプのグレイは、こうして機を窺ったり策を弄したりすることは好みではない。

 ただ、これはクルムの戦いであるからして、流石に言うことは聞いていた。

 

「退屈じゃのう」

「こっちは緊張しっぱなしですが」

「お主が緊張しても何にもならんじゃろうが」

「先生の分も緊張してあげてるんです」

「勝手に儂のもんを持っていくな」

 

 完全にくだらない軽口の応酬であった。

 これもこの師弟ならではの、大事の前のいつものやり取りであった。

 二時間ほどすると王宮に駆け込んできた者がいて、数分後、先ほどの役人を先頭に、武装した兵士たちがぞろぞろと外へ出て行く。

 百人近い規模で出て行くところを見ると、ウィクトが余程何か派手な動きを見せたのかもしれない。

 

 兵士たちが目の前の大通りを歩いていくのを見送り、それからさらに数分待ってからクルムは立ち上がった。

 

「行きましょう」

「そうじゃな」

 

 するりとクルムの横を抜けてグレイが歩きだす。

 当たり前のように出入り口は無視して、王宮の壁伝いに進んでいき、巡回の兵士がいれば一時身を隠すことを繰り返す。

 

「ここじゃな」

 

 グレイが壁を見上げる。

 

「確かに、丁度この辺りですね」

「背に乗れ」

「はい」

 

 グレイが膝を曲げたところでクルムが背によじ登り、しっかりと首に腕が巻き付いたのを確認したグレイは、脚に溜めた力を解き放つ。

 垂直跳び。

 腕を伸ばし、壁の上に指をひっかけたグレイは、そのまま更に腕の力だけでぐんっと体を持ち上げ、中の様子を探る。

 そして誰も庭の方を見ていないことを確認すると、一気に腕で体を持ち上げて、庭の草の上に音もなく着地した。

 

 ヘグニの区域の前には、通常時と変わらず兵士が立っている。

 セルルトについてきていた者たちのことを思い出せばわかるように、おそらく彼らはヘグニの言うことなど聞かない、オブラ侯爵家の者だ。

 だが今は、その兵士が立っていることがクルムにとっては朗報であった。

 わざわざ見張りを立たせているということは、中に人がいると言っているようなものだ。罠でも張っていない限り、中にいるのはヘグニであるはずだった。

 

「このまま庭沿いを移動して、他の区域の前に兵士が立っていないか確認します。どこも立っている場合は、あの中にいるのがヘグニお兄様でない可能性もあります。もし立っていなかった場合は、ほぼ間違いなく中にいるのはヘグニお兄様です。人がいない場所の屋根へ上って、そのままセルルトお兄様と話をした中庭へ降りましょう」

 

 グレイは黙って頷くと、そのままゆっくりと外廊下を観察しながら庭を移動し始めるのであった。

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