グレイはゆっくりと外廊下への扉を開き、振り返った両隣の兵士の頭同士を打ち付けて意識を奪い、ぽいっとヘグニの区画の中へ放り捨てた。
押し入り強盗のプロではないかと疑うような手際の良さである。
「……急げ。庭の壁へ走るんじゃ」
耳に慌てて走ってくるような数人の足音を捉えたグレイは、そのままクルムとヘグニを庭へと追いやる。
細かな説明はないが、そんなものはいつものことだ。
クルムはヘグニの袖を引いて、「急いでください」と言いながら庭へ飛び降りていく。
グレイも欄干に足を掛けて足音がする方を睨んでいたが、クルムたちが庭へ降りたことを確認すると自身も飛び降りて壁に向けて走り出す。
角から飛び出してきた者の一人が、ヘグニの部屋の前に兵士が立っていないことに気付くと、周囲を見回して庭にその姿があることに気が付く。
「お待ちください、ヘグニ兄上……! それに……クルム!?」
そこに立っていたのは、眼鏡をかけた長髪の男。
ジグラに協力をしているはずの、スコラ=ハルシであった。
その昔クルムに、資料庫の使い方を教えたこともある、物知りではあるが臆病な男である。
「ヘグニ兄上もここから逃げるのですね! 今ちょうど私も兄上をお助けしようと来たところだったのです!」
暗くて良く見えないが、スコラは数人の屈強な男を連れており、そのうちの一人は壁にかける梯子のような物を担いでいる。
それを使って壁を越える算段なのだろう。
「妙なのが現れたのう、誰じゃあれは」
「先生は一度資料庫でお会いしているはずです。スコラお兄様です」
「敵か?」
「そのはずですが……」
クルムは目を細めてスコラをじっと見つめる。
もし逃亡計画を立てていたとして、なぜ今、この瞬間にバッティングするのか。
そんなことがあり得るのか。
今のクルムの心には疑念しか湧いていない。
そもそもスコラはジグラ側の人間だ。
「疑うのはもっともだ。しかし、私はヘグニ兄上に兄弟で手を取り合いたいと話をされ、目が覚めたのだ。クルム、お前とも多少なりとも、昔の付き合いがあるはずだ。頼む、今この時だけでいい、信じてはもらえないか! こうして、ほら、準備もしてきたのだ」
梯子を担いだ男を示してスコラが熱弁する。
「そうか……わかった、スコラ」
ヘグニが納得したように呟いて勝手に頷くと、スコラも目に涙を浮かべ欄干を乗り越えて庭へと降りてこようとする。
「止まって下さい。それ以上近寄らないように」
「クルム……」
クルムのぴしゃりとした制止の言葉に、ヘグニが困ったように眉を八の字にして名前を呼んだ。
兄姉とうまくやりたい。
クルムにだってそんな気持ちはある。
しかし、それを実行するには、スコラとの関係はあまりに希薄だった。
「ヘグニお兄様。スコラお兄様を近寄せることに、この国の未来を、私の命を、セルルトお兄様の命をかけられますか?」
「ヘグニ兄上! 信じてください、いつ見つかるかもわかりません!」
ヘグニはぐっと奥歯を噛みしめた後、首を横に振った。
「ヘグニ兄上、信じてください、お願いです……」
しかしスコラは情けない声を出しながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。
後ろにいる男たちもそれは同じだ。
グレイは眉を顰め、じーっとついてくる男たちを見つめてから、腕を振り被り、手のひらの中に生み出した小石をそいつらに向けて思いきり投擲した。
散弾のようにたたきつけられた小石が、かすった体の肉を引きちぎり、一部はめり込み、男たちを怯ませる。
「なっ」
「な、なんてことを!」
ヘグニが声を上げた。
石が当たっていなかったスコラもまた非難の声を上げた。
しかし、クルムだけは一瞬ぎょっとしてグレイを見ただけで、そこから先はじっと黙って男たちの観察を続けていた。
後ろにいる男たちから悲鳴が上がらなかった。
それどころか直後、梯子を持っていた男が、ヘグニに向けてそれを叩きつけてきたのだ。
「ふんっ」
グレイの蹴りが梯子を迎え打ち、破裂音と共に爆散させる。
「出おったな、【人形遣い】」
グレイはぎょろぎょろと敵の姿を探しながら、突っ込んでくる男たちの足を、腕をへし折り、首を引っこ抜いていく。
これは薬物兵ですらない、死体を無理やりに動かしているだけだ。
その証拠に首を引っこ抜いても血が噴き出したりしない。
グレイにとっての敵は、この意思のない死体などではない。
グレイの言葉を借りれば『糞ほど下らなく、気に食わない方法で不意打ちを試みてくる、エルフの糞婆』こと【人形遣い】こそがこの場における真の敵である。
「ふん、血のつながった兄弟も信じられないなんて、しょうもない奴らだね。親の顔が見てみたいよ。ああ、もう大半は死んでいるんだったかねぇ」
スコラの語り口調ががらりと変わった。
【人形遣い】の姿は見えない。
隠形している。
グレイが適当に当たりをつけ、再び腕を振りかぶり、屋根の上に向けて小石を散弾のように投擲したが、どうやらそこに【人形遣い】はいないようであった。
一連の騒ぎで遠くから人が集まってくる音がする。
人が増えれば、クルムとヘグニを守って戦うことの難易度は上がり続けることだろう。
グレイは盛大に舌打ちをすると、振り返りざまに王宮の外壁を殴りつけ、魔法を破裂させた。
「勝負はお預けじゃ」
「逃げるのかい?」
クルムとヘグニを先に逃がしたグレイは、額に青筋を浮かべながら振り返る。
「貴様は生きたまま首を引っこ抜いて、それから何秒無駄口を叩けるか観察してやろう。楽しみに待っておれ」
物語の悪役でも言わないようなセリフを本気で叩きつけたグレイは、そのまま二人を促しながら街の中へと駆け込んでいくのであった。
あ、あんまり関係ないんですけど
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