一人、また一人と、外の様子を窺っていた王都の民が、転がるようにして出てきて、クルムの後ろに続く。中には持つものもろくに持たず、家族で出てきた者だっていた。
中にはもともと王宮に兵士として勤めていて、今は自宅で謹慎を命じられていたような者たちも混ざっている。
彼らは、彼女らは皆、今の状況に不満を持っていたり、クルムを以前から知っており、その生存と帰還を心から喜んでいるような者たちであった。
「王都の民よ! 共に王都を取り戻しましょう! 私に続きなさい!」
クルムの、グレイの歩みは決して速くない。
人々がついてこられる速度で、堂々と街の大通りを抜けていく。
さて、冒険者達とにらみ合っていたのは、王宮からやってきた王国南西部貴族の領兵たちだ。
彼らもクルムの出現に気付くや否やすぐさま増援依頼の使者を出したが、現状ではじりじりと冒険者たちについていくので精いっぱいだ。
冒険者集団はすでにジョッキを投げ捨て、それぞれが本格的に武器を構え、殺気をまき散らしながら兵士たちと相対している。
その最前線にいるのが、【双竜剣】ウィクトと、【五惑】のヴェルバである。
ウィクトの方は肩の力を抜いた様子で兵士たちの牽制をしているけれど、ヴェルバの方はしきりにため息を吐いていた。
「まったく、こんな目に遭っているのも、全ては余計なことをしてくれたオブラ侯爵家とアハーバ王国のせい……。定年まで穏やかに静かに暮らしたいだけの私を、再び戦いの場に駆り出すなんて、まったく、これでは何のためにハルシ王国の王都のギルド支部長になったのやら分かったものではない。あぁ、恋しい。あの臆病ですぐに尻尾を巻いて逃げ出す、自己保身にあふれた王都の冒険者たちが恋しい……。ここに集まった者たちは皆、隙あらば暴れてやろうと目をギラギラさせていて気持ちが休まらない……。まったく、冷静なウィクト殿がいなければ頭がおかしくなってしまうところだった。ああ、本当に、心底……不愉快だ」
「ははは……まぁ、この件が終わればクルム王女殿下もヴェルバ殿の望むように計らってくれると思うよ」
長い長い呪詛のような愚痴は、それだけで終わらずに、延々と垂れ流されている。
それがただの愚痴ではないようであることに気付いているのは、今のところウィクトだけだ。
ロッドを片手に持っているヴェルバからは妙な雰囲気が垂れ流されている。
「クルム王女殿下、ああ、しかし素晴らしきクルム王女殿下は、私とは正反対の場所に位置するような方ですから、顔を知られてしまった以上何かがあれば呼び出されるような気がするのですよ。憂鬱だ、何て憂鬱なんだ。嫌だ嫌だ、誰にも知られず見られず聞かれず嗅がれず察せられず、ただ静かに暮らしていたいだけだというのに。ああ、なんて、なんて、なんてとびきりに嫌な気持ちなのだろうか。それも全ては全ては私に敵意を向けたる彼らのせいだ」
じわりとロッドから漏れ出したのはおそらく魔法であった。
それは誰にも知られることなく地面を伝い、じわりじわりと足元に広がり、やがて全ての領兵が展開された魔法の上に立った。
「懺悔しろ、愚かな者どもよ」
ヴェルバが呟いた直後悲鳴が上がって、追ってきていた兵士たちの多くがその場にしゃがみこみ、一部が走り出してどこかにぶつかりはじめた。動いた者がいたのはほんの数秒で、その後は全員がその場にしゃがみこんで時折声を上げるだけとなる。
「助けてくれ!」
「何が、ああ! 聞こえない見えない!」
ヴェルバの愚痴。
それは定型を持たぬ長い長い詠唱だった。
人はそれが効果を発揮する時にこう呼ぶ。
呪い、と。
グレイはそんなものはないと否定していたが、実は立派な魔法の一つだ。
ヴェルバが扱うのは呪いと呼ばれる魔法。
特に得意としているのが、相手の感覚をすべて奪い取るこの魔法であった。
時間さえあれば、たった一人で数百人でも相手できるヴェルバは、実際のところ大した実力者である。
ただ名前をそれほど知られていないのは、噂されていないのは、敵となった者をきちんと殺してきているからであり、負けた者が誇れるような勝ち方をしないからである。
実力のある冒険者たちは一瞬ざわついたが、ヴェルバの暗い瞳がざわつきの方へ向いた瞬間、目を逸らして静かになった。
「ああ、嫌だ嫌だ。夜の街、夜逃げ、兵士に追われ、荒くれどもと肩を並べて逃げ出す。これのどこに平穏があるものか……」
ぶつぶつと呟くような詠唱は続く。
再び追ってくる者が現れた時に放てるように、延々と続いていく。
「流石だなぁ、私ではこうはいかない。どうしたって血が流れる」
「……褒めないでください、呪いに雑念が入る」
陽の者であるウィクトに褒められたヴェルバは、僅かに照れのような物を見せてぼそっと文句を言った。
「それは失礼。何かあれば私が守りますので、ヴェルバ殿はそのまま詠唱を続けてください」
「……ああ、眩しい。私はもっと暗いところでじめじめしていたいのに、ウィクト殿のような方は正直苦手だ。ああ、自分がますます嫌になる……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ヴェルバの愚痴は続く。
周囲にいる冒険者たちは、そんなヴェルバに当たり前のようにまっとうに対応するウィクトに対して尊敬の念を抱きつつ、撤退を継続するのであった。
500話がこれでええんか?