門の前では兵士たちが待ち構えていたが、クルムの後ろにたくさんの人々がついてきているのを見ると、慌てて逃げて行った。
精々十数人しか常駐していない門に、数百人の熱狂的な人々が殺到してきているのだから、下手に抵抗しようものならどうなることか分かったものではない。
あとでどんなバツが与えられるかはともかくとして、今この瞬間を生き延びるために、背中を向けて逃げ出した判断は正しい。
街を守る門を開け放ち、向かう先は北西方面軍が展開しているであろう辺りだ。
森を抜けていくのが最も早い道のりなのだが、今は街の人たちも連れている。
クルムはグレイに伝えて、道なりに味方と合流することを提案した。
当然、街の人々の歩みはゆっくりだ。
途中で数度休息を挟む必要もあるだろう。
これで全てがうまくいったわけではない。
王都を出てすぐにクルムの近くへ姿を現したのは、モーリスの手の者だった。
「本隊に今の状況を伝えてきてください。無理に迎えを寄越す必要はありませんが、判断はケルンお兄様や参謀の方々にお任せします」
短い返事を残してさっと森の中に消えていく二人を、カルサ同盟のリューゼルが見送ってにやりと笑う。
「クルム王女は、かなり劣勢であったと聞いていたけれど……あのような影の者も持っているのか。身内が育てたのかな?」
クルムはにこりと笑っただけでその質問には答えない。
気風のいいお姉さんのような顔をしているけれど、このリューゼルという女性の本質は、商人であり小国の主である。
ほんの僅かな情報でも他国の人間に漏らしてやるつもりはなかった。
「今回の騒動には結構協力をしたと思うのだけれど、もう少し仲良くなれないかな?」
「私としても是非リューゼル様とは仲良くさせていただきたいところです。……今回の件が起こる前にお声掛けいただけていれば、なお嬉しかったのですが」
「ま、それはそうか。若いのにしっかりしている。もう少し浮足立ってもいいのだよ?」
リューゼルは冗談交じりにそう言ったが、半分は本音なのだろう。
ハルシ王国が今回の騒動によって様々な問題を抱えたとしても、これだけ民を熱狂させる王女が即位した場合には、むしろ前よりも強固で強大な国になりかねない。
付け入る隙があるうちにと考えるのも当然であった。
しばしそうして進んでいると、先頭にロブスや貧民街四天王の面々が姿を現した。
「王女様、ひやひやしましたぜ、まったく。ありゃあどうやって生き残ったんです?」
やってきて開口一番、ゾエが先ほどのクルムの奇跡について触れる。
「あれのせいでみんなの評判は留まり知らず。聖女だ、神の使いだ、いや神だって言われてますぜ? ちょっとやり過ぎなくらいだ」
「秘密です。しかしそうですね……ならばその評判は上手く使っていきましょうか。皆さんに先頭を任せます。先ほど本隊に使いは出していますので、道から外れずに大回りして本隊との合流を目指してください」
「いいっすけど、クルム様はどうするんすか?」
戦いが発生していないからなのか、どうも退屈していそうなロブスがくるくるとトンファーを回しながら尋ねてくる。
「ついて来てくれている皆を励ましながら、一度最後尾へ向かいます」
「じゃ、俺も行きます。戦いが発生してもおかしくないんで」
「分かりました。ではゾエさん、グンナイさん、それからロンヌスさんにメロディエさん。先頭は頼みますね」
「マジで言ってます?」
ゾエは表情を引きつらせて確認をした。
今クルムが先頭を率いて歩けと頼んだ面々は、みんなそろって貧民街の出身である。他国の重鎮がいて、王都の民がいて、強い冒険者たちまでいるこの集団を、当たり前のような顔で、貧民街の住人に率いて歩けと言っているのだ。
「本気です。頼りにしてます」
「ほう、この者たちがクルム王女殿下の腹心か? 中々癖の強そうな者たちだな。しかし、確かに面構えは良い」
リューゼルがそう言えば、各国の癖の強いお歴々も、「確かに」「なかなか強そうではないか」と声を上げて貧民街四天王たちを観察する。
「ええ、王都に潜入するのについて来てくれた、大事な仲間です。では、私は一時失礼します。先生、行きましょう」
「そうじゃな。精々しっかり働くんじゃぞ、腹心たちよ」
にやっと笑いながらグレイが言葉を残すと、ゾエは額を押さえ、グンナイは空を見上げ、ロンヌスが素直に数度頷き、メロディエがポッと頬を赤らめた。皆違ってみんな個性的である。
クルムは後方に向けて歩きながら、ついてきている民たちに声をかけていく。
「しばらくはこのまま進みます。足元に気を付けてください。怪我をした人がいれば助け合ってください。本隊には既に連絡を入れています。皆さんの応援に、私も勇気を貰いました。必ず共に、私たちの王都を取り戻しましょう!」
至極当たり前のことしか言っていなくとも、クルムの人気はすさまじかった。
通りすがると歓声が上がり、声をかければ涙する者もいる。
兵の総数は勝っているはずだ。
先ほどのような狙撃で、重要人物を狙われるのだけが恐ろしいが、順当に進めれば勝てる戦である。
それでもクルムは油断するつもりはなかった。
手を振り、応援に応え、皆を励ます。
最後尾にいるウィクトたちと合流してもなお、クルムは疲れた顔を一切見せなかった。
十三歳の少女は今、王国の英雄に名を連ねようとしていた。