後方で敵の接近を警戒していたクルムであったが、結局追っ手がやってきたのは、集団が休息を挟んでいる間の一度だけだった。クルムのあずかり知らぬことではあるが、ヴェルバの呪いが解けた者たちが集まって襲い掛かってきたのである。
ヴェルバは今度は呪いを使わなかった。
身分の高い者にそれを見られて、利用価値を見出されることが嫌だったのである。
その代わり今度は、うっぷんを晴らすかのようにグレイと冒険者たちが暴れた。
敵方も、ここまでクルムたちがただただ撤退し続けていたので、まさかそれほど激しい抵抗を受けるとは思っていなかったのだろう。
著しい被害を出して撤退していった。
今来た者たちが先遣隊だとすれば、敵方は改めて軍を編成してやってくるはずだと考えたクルムは、そのまま最後尾で警戒を続ける。
しかし休憩を終えても、翌日になっても、追っ手は姿を現さなかった。
こうなってくると最早、敵方が何を考えているかもさっぱりわからない。
ようやくセナト侯爵の撤退の報を受けて体勢を立て直していると考えると筋が通るが、それにしたってもしクルムが敵方だったら、何としてでも今逃げている集団をただで逃がすことはしないはずだ。
さっぱり内部事情が見えてこない。
そうこうしているうちに本隊から冒険者集団を引き連れたファンファと、要塞軍の一部を連れたリゾルデと合流することになった。
どうやら追っ手がないらしいので、隊列は変わらず、そのままリゾルデたちには回れ右してもらい、クルムも先頭集団に合流。そのまま本隊が布陣している場所まで向かう。
「お姉様が迎えに来てくださったのですね」
「待機していてもやることないもの、ね?」
実際はクルムのことを心配してそわそわしていたのを見かねて、他の大人たちが送り出してくれたのだが、そんなことはお付きの二人の冒険者はばらしたりはしない。
「もちろんですとも」と頷いているけれど、その表情が幸せそうに緩んでいることから、クルムは大体の経緯を察した。
だからクルムも少しだけ頬を緩める。
「ありがとうございます。予想外にたくさんの人を連れてくることになったので、助かりました」
「ふふん、そうでしょう?」
肩を並べてひそひそと話していると、さらりと横へやってきたのはリューゼルである。
「おや、ハルシ王国の王族はあまり仲が良くないものだと聞いていたのだが……お二人の関係は随分と良好なようだ」
実際クルムはヘグニを救出してやってきたが、後方へ支援に向かうときは、ゾエに対応を押し付けてその場に置いていっている。特別仲が良さそうにしているところも見せていなかったので、姉妹がこれほど仲良くしている姿を見て驚いているのだろう。
「お姉様、こちらはカルサ同盟の盟主の一人であらせられるリューゼル様です」
ファンファは紹介を受けるとすぐに立ち止まってリューゼルを見上げ、それから目を細めて表情全てをとろんと柔らかくした。
蠱惑的と表現すべき、ファンファの対外的な表情である。
「お初にお目にかかります、リューゼル様。私、クルムの姉の、ファンファ=ハルシと申します。お噂でかねがね伺っておりましたリューゼル様と、こんなところでお会いできるなんて光栄です。まさかこのような美しく凛々しい方だなんて……」
ファンファは自然な仕草で、女性にしてはやや武骨なリューゼルの手を取ると、指先で気色悪がられない程度にその肌をすりっと撫でて小首をかしげた。
「きっと部下や他の盟主の方々にもさぞや頼りにされていらっしゃるのでしょうね。私は見ての通りですから、心配をかけてばかりですの。リューゼル様のような立派なお姿には憧れますわ」
「名前も知ってくれていたのか……。そのように褒めていただけるとは、こちらこそ光栄の至り……」
傍に控えている者の中には、ファンファを警戒する者もいた。
しかしそのあまりに無防備な接近と、相手に害されないと確信しているような懐への入り具合に、リューゼルへ警告を発することすらできなかった。
実際ファンファは相手を害する気などまるでないのだ。
ただ本能的にぬるりと心の柔らかい部分を探ってくすぐって、寄り添ってみせようとしただけである。リューゼルもまんざらではなかったのか、困ったような表情をしつつも、やや押されてはにかんでいるようでもあった。
ファンファはするするーっと移動をすると、リューゼルの他にもいる他国の要人たちに次々と取り入り始める。もはや癖になっているのか、そのやりようは非常に巧妙で、誰に不快感を与えるでもなく、むしろ次は自分のところへ来てくれるのではないかと、ワクワクしながら待っている要人もいるほどである。
しばらく王都に缶詰にされて退屈していた彼らからすれば、こんなところで王女であるファンファからよいしょされて気持ちの良い言葉を貰えるのは、とても気分の良いことだったのだろう。
いつの間にか近くまでやってきていたヘグニが、ファンファの動きを、目を細めて追いかけながら呟く。
「相変わらず逞しいな……。しかしあれをやられると、何かをしようという気が失せるのも確かだ……」
以前から媚びを売られることのあったヘグニはファンファの処世術というものをよくよく理解しているようであった。