迎えと共にクルムたちは本隊との合流を果たした。
退却したセナト侯爵は、クルムたちが王都を出たばかりの時に陣取った丘に再び陣を構え、王都へ入るための森の道にも兵を配置しているようである。
今となれば力押しで抜けられないこともないのだが、それをすれば当然犠牲は出るので、さてどうしたものかとにらみ合っている段階である。
「……この短い期間で、よくぞこれだけの軍を組織したものだ」
前線の兵士たちを眺め、間を抜けて本陣へ向かうまでの間にヘグニが呟いた。
同行していたカルサ同盟のリューゼルも、それを聞いて口を開く。
「ヘグニ殿下でもそう思うのか。となると、部外者の私も素直に驚いてもいいということになるな」
他国の有力者であるからして、圧倒されている姿は見せまいと、背筋を伸ばし気を張っていたリューゼルが、それにつかれたのか呆れたように笑った。
すぐ近くにクルムたちはいるが、会話に耳を傾けている者はいない。
小声での、ごくごく個人的な会話である。
チラリと視線を向けたヘグニの姿を確認して、リューゼルはさらに続ける。
「これほどのことを成しえる王女は、やはりあのクルム王女殿下なのかな?」
尋ねられたヘグニは、以前一人でクルムの元を訪ねた時のことを思い出す。
できることは何かと考えて、僅かな隙間を縫ってこっそりと時間を設けて訪ね、そして『くだらない話をしに来たのならば帰れ』と追い出された日のことを。
ただ従順で大人しいと聞いていたクルムが、いつからか活発に動くようになり、オブラ侯爵家の目につくようになった。何もしなければ穏やかに過ごせたものを、どうしてこんなことにと調べたところ、どうやら妙な老人が近くで唆しているのではないかという噂を聞いた。
ただ、実際に会って話してみたクルムの印象は、そんな生易しいものではなかった。
ヘグニは欲にどろりと溶けた瞳を見たことはある。
相手を陥れてやろうと考える怪しい瞳を見たことがある。
しかし、飢えた獣のようなとでも言うべき、 あのギラギラとした今にも噛みつかんばかりの瞳を見るのは初めてだった。
その時ヘグニは思ったのだ。
もしかしたら自分は、最終的にこの妹に呑みこまれるかもしれないと。
ただの予感でしかなかった。
その時点ではあり得ぬ妄想であった。
しかし、こうしてなぜだか救出をされて、整った軍の間を抜けていると、はっきりと確信を持てることがある。
これだけの人間を動かしているのはきっと、セルルトでも、ハップスでも、ルミネでも、もちろんケルンでもファンファでもなく、クルムなのであろうと。
ギラギラとした瞳。
持たざる者の闘志、とでもいうのだろうか。
順当に生きてきた者が持ちえぬ熱。
何もなければ勝てない者が、何かあった時に起こす爆発力。
ヘグニはそれを目の前に突きつけられた気分だった。
「……クルムだろう、間違いなく」
ポロリとこぼした言葉に、リューゼルは小さく「ふぅん」と言って目を細くした。
つまるところ、元々王位を継承する可能性が最も高かったヘグニも、クルムに何かを感じていたということを理解したのだ。すなわち今のこの状況は、偶然が重なったものではなく、偶然の中で起こりうる必然。
クルム王女はただ運だけでここまでやってきた王女ではないという保証であった。
手ごわい。
そう思いながらもリューゼルはなぜだか背筋がゾクゾクとしていた。
ハルシ王国という大国が、今、この瞬間にも変化しようとしている。
その胎動を最も近くで見ることができたのならば、この閉じ込められた数カ月は無駄ではなかったかもしれないと感じるのであった。
「クルムか、無事のようだな」
偉そうにクルムを出迎えてくれたのは、軍を任せておいたケルンである。
一年ほど前と比べるとすっかり様変わりして、まともな青年のような表情になっている。
「お迎え、ありがとうございます。早速状況の確認を……」
クルムはすぐに行動を起こそうと途中まで話してから、セルルトの顔を見てからはっとして言葉を止めた。
「あ、ヘグニお兄様は救出してきました」
元々の目的はヘグニの救出であったのだが、最後の方で民衆と冒険者、それに他国の要人を連れて来られたおかげで、報告事項が多くて、すっかり後回しにするところだった。
「忘れておったな?」
「そんなわけありません。急ぎ話し合いをしなければ気が急いていただけです。どちらにせよ、報告には参加していただくつもりでしたし」
「おい、お主忘れられておったぞ。もう少し何かしゃべらんか」
クルムは思わず全員に見つからないようにグレイの背中辺りを叩いたが、本当に僅かにも動かず、ローブがバフッと音を立てただけだった。
「……いや、私は救出された身だ」
「無事で何より。随分と痩せたな」
セルルトが完全にプライベートの話し方をしているのを見て、ヘグニは目を丸くしてから、眉間に入れていた力を抜いた。セルルトが、すでに自分との関係を弟妹達に打ち明けたのであろうことを察したのだ。
途端、ヘグニの表情は柔らかく、押しの弱そうなものに変化した。
「そちらこそ、体は大丈夫なのか?」
「不思議と調子はいい。体調を悪くしている暇もない」
二人は向かい合って互いに肩を叩き合う。
ヘグニが随分とやつれた今だからこそ改めて見比べると、二人は本当によく似た双子であるようだった。