「布陣してすぐに、各方面への使者を出しました。他方面も落ち着いているのならば、一度合流して足並みを合わせます。逆に必要ならば援軍を向かわせるつもりです」
リゾルデがクルムたちと別れてからのことを淡々と報告する。
現在の兵糧、敵陣の配置とこちらの対策諸々、細かな内容であったが、どれもすでにリゾルデたちの方で手を打ってあるので、クルムから口を出すことはなかった。
そもそもクルムは戦争の専門家ではない。
気づきがあれば突拍子もない手は打つが、基本的には大人たちの作戦を素直に受け入れるようにしている。
実際戦争というのは奇手でひっくり返すようなものではなく、地道な積み重ねで少しずつ有利を広げていくものであると、クルムは正しく理解していた。
その上で無茶苦茶な手を打つことがあるのは、目的のために仕方なくである。
「あー、一つ俺からいいすかね」
控えめに手を挙げたのはゾエだ。
こういう場になると普段は気配を消しているのに、珍しいことであった。
全員の視線が一斉に向くと、ゾエは表情をやや引きつらせながらも立ち上がって口を開く。
「今俺たちが出てきた門なんですが、壊れやすくなるように留め具のいくつかに細工してきたんすよ、メロディエが」
急に話を振られたメロディエがカッと目を見開いたが、ゾエはそれに関しては悪びれなかった。
「いやぁ、折角細工できる機会だったんで、あのでかい閂は外に捨ててきましたし、留め具は熱して形かえてやったんで、ちゃんと閉まんないと思うんすよね。一応、まぁ、そんなとこで」
尻すぼみになって座ったゾエの方へ、ぬっと立ち上がったラウンドが歩み寄っていき、両手でその肩をパンッと叩いた。
「やるではないか!」
「あ……っす」
逃げかけの態勢になっていたゾエが小さく返事をする。
本来王都の防衛設備に穴をあけるなんてことは、王族であればあまりしたくない。
そんな考えがあったため咄嗟に思いつかずに実行することのなかったクルムであるが、今考えてみれば、一度内部に潜入できたのだから工作の一つや二つしておくべきであった。
目からうろこが落ちたような気がして、クルムもまた、素直に感心していた。
「まぁ、貧民街の奴らはずるがしこいのが多いからのう。それが発揮されたというところじゃな」
グレイもまた、彼らの思いもよらぬ行動ににやつきながら鬚を撫でる。
長年貧民街に住み着いていたせいか、今も半分くらい貧民街の住民のような気持ちであり、それが手柄を立てたとなると少しばかり気分が良い。
一方で発案、実行者たちである連れていかれていた貧民街四天王たちは、こんなに身分の高い者たちから注目されることもあまりないので、居心地が悪そうに視線を逸らしていた。
「……慣れてもらわないといけませんね、注目されるのにも」
「使うつもりなのか?」
グレイの隣でクルムが緩く笑いながら呟く。
貧民街に暮らしていた多くの者たちは、手に職があったわけでもなく、教育水準を見れば貧民街で暮らし相応であった。それは別に構わない。これから少しずつ改善していけばいいのだから。
ただ、そんな厳しい環境の中でもきらりと光るものがある人物たちは、間違いなく磨けばもっと輝く何かを持っている。子飼いの部下が少ないクルムにとっては、その磨けば光るものを手放す理由など一つもない。
この戦いの内に少しでも顔を皆に知らせて、これが終わった後も自分の近くに置くつもりでいた。
「もちろん、手を貸してもらうつもりですよ。有能な人間は、兄でも、姉でも、どこの出身でも関係ありません。私一人でできることなど限られていますから」
「随分と弱気じゃのう」
グレイのこの言葉はただの天邪鬼の意地悪だ。
クルムもそれを分かっているから、にやにやしているグレイを見上げて言い返す。
「敵を知り己を知れば、でしょう?」
「お主、その言葉好きじゃのう」
「それで戦いに全て勝てるのならば、いくらでも見つめ直します」
生意気と思いつつも、これも成長である。
自分で全部やってやる、誰も頼りになんかしないと、肩ひじ張っていた頃のクルムを思い出してグレイはふっと笑った。
「私は軍を細工が施された北門の方へ動かしてみるのもありかと思います。クルム様はどう思われますか?」
リゾルデがクルムに問う。
じっくりと動いていても、いずれは勝てる勝負である。
しかし、少しでも早く王都を取り戻すという目的を叶えるためならば、攻める姿勢を崩さない方が良い。
「……おそらく、オブラ侯爵らは、セナト侯爵の撤退の報を聞いて籠城の準備を始めるでしょう。もしかすると、セナト侯爵らも、王都の中へ戻すかもしれません。それならば、私たちも早めに軍を動かしましょう。他方面軍も動けるようでしたら、私たちの突撃日に合わせて、連携して当たりたいところです」
「つまり、どういうことじゃ?」
グレイに尋ねられて、クルムは立ち上がった。
「今すぐに全軍北門へ向けて移動します。追撃に備えて精鋭による殿を用意し、王都から避難してきた者は間に挟みます。すぐに行動に移って下さい」
クルムの静かな号令で、全員がざっと立ち上がり、それぞれ配置についていく。
手持無沙汰なのは、セルルトとヘグニだ。
「お兄様方は私たちと一緒に」
クルムに言われた長兄次兄は、もはや何かを言い返すような気にもならず、黙って頷いて、言うことを聞くのであった。