転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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兄たちへの質問

 軍は膨れると末端まで連絡がいくのに少しばかり時間がかかる。

 それでも北西方面軍は、それなりの速度で方向転換してぬるりと移動を開始した。

 丘の上にいたセナト侯爵軍からもその動きは見えていたはずなのだが、追撃に出るような動きは見られていない。

 ただそこにいるだけで何もしない軍は、それはそれで不気味であるが、ただビビっているだけだという説が上層部の間では濃厚である。

 

 ゆっくりと移動をしながら、クルムは誰かに指示を出すでもなく、ヘグニとセルルトを近くに置いて話をしていた。

 

「セルルトお兄様によれば……父上はオブラ侯爵家の支配から逃れるために、何か色々と企んでいたとか。それが敵方にばれてしまった結果、お二人の身に危害が及び、それ以来父上は、有力者との間にたくさん子を設けるようになった、と。ヘグニお兄様としてもこの認識には間違いございませんか?」

「そこまで話したのか。……間違いない。父上はおそらく、子にオブラ侯爵家からの脱却を託したのだと思う」

「お兄様方はそれが分かっていてなお、オブラ侯爵家と共に歩んでいた。それは、締め付けが厳しくそこから逃れる術がなかったから、ということですね?」

 

 クルムの言葉にはチクチクと刺さるようなとげが含まれていたが、ヘグニもセルルトも、その端正な顔を少々ゆがめただけで、ほぼ同時に「そうだ」と答えた。

 

「……何もしなかったわけではない。私たちは、優秀な弟妹を探して声をかけようとしたこともあった。ただ、その者たちの命をいたずらに奪うだけの結果に終わってしまったが」

 

 ヘグニの言葉は、懺悔に近いような告白でもあった。

 そしてその言葉の意味を、クルムもまた、正しく理解して受け取っていた。

 

「…………レニスお兄様に、声をかけましたね?」

 

 レニスというのは、クルムの上の方の兄のことだ。

 物静かで、賢く、優しく、そして何をやらせても人後に落ちることのない優秀な兄であった。そして、察しが良く慎重な人物でもあった。

 クルムの無鉄砲な部分は下の兄であるステラに、知的な部分は上の兄レニスに似ている。

 

 ヘグニは黙って頷いた。

 クルムはそれを振り返って見ることすらせずに続けた。

 

「だから、レニスお兄様は殺された。優秀だから。ヘグニお兄様たちが密かに、声をかけたから、レニスお兄様は殺された。ヘグニお兄様はただ、レニスお兄様の力を借りたかっただけで……殺すつもりはなかった。そういうことですね」

 

 クルムは静かに事実を確認していた。

 それらを語る言葉は震えていて、その震えは、理不尽な罵倒を堪えているがゆえに現れているものだった。気を抜けばお前らのせいで兄が殺されたと、怒鳴って八つ当たりしてしまいそうになるのを堪えていたのだ。

 

「だから、ハップスお兄様は、ヘグニお兄様の指示でレニスお兄様が殺されたのではないかと疑っていた」

「……私が殺したようなものだ。あの頃はまだ、趨勢が決まっていなかった。だから私たちは動こうと思ったし……迂闊に動いたせいで、失敗をした」

「失敗……失敗ですか、そうですね」

 

 その失敗のせいで、レニスは死に、母は死に、やがてもう一人の兄であるステラも死んだ。

 すべてが防げない死だったわけではないのかもしれない。

 母の、あるいは下の兄であるステラの死は、しっかりとしていれば……当時一桁の年齢でも、自分がしっかりしていれば防げていたかもしれないと、クルムは無理やり自分を納得させる。

 握った拳が震えていた。

 

 隣を歩いていたグレイが、深い深いため息を吐き、むんずとクルムの襟首をつかんで持ち上げる。

 

「な、何を……っ」

 

 グレイはそのまま振り返り、ずんずんとヘグニの方へ歩いていき、クルムを無理やりヘグニと対面させる。

 

「とりあえず一発引っ叩いておけ。お主の家族が死んだのは、こいつらのせいでもある。それは間違いない。お主も、そしてこ奴らもそれを認めておる」

「……その通りだ。私が未熟であった」

「父の意思をくみ取るべきだと考え、オブラ侯爵のことを甘く見たのは私だ。ヘグニにそれを勧めたのも」

 

 ヘグニもセルルトも言い訳をしなかった。

 自分の行動が誰かを殺したことはよく理解していたし、その結果今、半分血の繋がった妹がどうしても怒りを抑えられずにいることも理解できた。

 

「先生、下ろしてください」

「いいから顔をバチンとやっとけ」

「ちゃんと地面に立ってないと威力が出ません」

「……なるほど、確かにその通りじゃ」

 

 軽い言葉の応酬のようであったが、しかしそれはクルムからグレイへの切実な願いでもあった。この件に関してだけは自分で何とかけりをつけたいという気持ちと、ぐつぐつと煮えたぎるような怒りと、どこかそれを冷静に見ている自分自身が言わせた言葉だ。

 グレイも、怒りをぶつけて良いというところまでは、気持ちを誘導してやったのでそこでいったん引き下がることにしたのであった。




10/9に拙作の、『九つの塔と異端の守護者』という作品の1巻が発売されます。
グレイほど性格が悪くないですが、グレイよりなぜか嫌われがちな、寡黙でこわもてでくそ強いお兄ちゃんが出てきます。
一応そっちはまだ若いので、恋とか愛とか青っぽい話もあるかもしれません。
楽しんでいただけるのではないかなぁと思うので、是非ともご購入いただいて、ご覧いただけますと幸いです。
あ、Amazonとかで予約できます!!
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