クルムは二人の兄の目の前に立ち、その顔を見上げた。
どちらも揃って、クルムを騙そうという意思のない表情をしていた。
オブラ侯爵家によって王となるべくして育てられた二人は、各方面に対する能力は高くとも、あまり人との騙し合いを得意としていないのだろう。
なにせそうなってしまっては、オブラ侯爵家にとって酷く扱いにくい存在となってしまうからだ。それでも元来の性格があって、セルルトはやや疑り深い性格になっているといったところか。
どちらにせよ、二人そろって責められて当然であるという覚悟の目をしていた。
「お母様が殺されたのは、冤罪です。あれを何とかしなかった陛下は……お母様を嫌っていたのでしょうか」
「オブラ侯爵家に逆らって助けようとしても、結果的には命を落とすことには違いなかったのだろうと思う」
ヘグニが目を逸らしながら答え、続きをセルルトが拾う。
「むしろ、執着がないことを示すことこそが、父上にできる最大のことであったはずだ。示せば示すほど、その人物は父上にとって重要な人物であると認識される。利用されてから、酷い殺され方をする可能性だってあった。それこそ、お前や、当時健在であった、お前の下の兄を巻き込んで」
二人の言っていることはもっともで、そこに嘘はないのだろう。
クルムがこれまで集めてきた情報と照らし合わせてみても、その考えに違和感はなかった。そしてだからこそ怒りがこみあげてくる。
「つまり陛下は、お母様や他のお兄様お姉様のお母様たちが、そのように命を落とすであろうことを承知のうえで、あちこちで子供を作ったということでしょうね……」
国のため、王族のため。
そんな大義名分を掲げてのことなのであろうが、そのために娶られた妻と、生まれた子供からすればたまったものではない。
子供として、後継者として生まれて育てられた二人の兄と、後から作られた子供たちでは、父親であるルアーノに対する感情がまるで違ってくるのは当たり前のことであった。
「父上は父上で……」
苦しんでいた、とか、考えがあって、とか、ヘグニはルアーノのことをそんな庇い方をしようとしたのだろう。
しかしクルムにギロリと睨みつけられて口を閉ざすことになった。
「分かっています! ……分かった上で、怒っているのです。理解と許容は……別のようです。確信が持てたら何か変わるかもしれないと思いましたが、何一つ気持ちは変わりませんでした。私は陛下を許すことができそうにありません」
一瞬声を荒げたクルムは、一度深呼吸をしてから、淡々と自分の気持ちを吐き出した。そもそもお母様と、お兄様お姉様と呼ぶクルムが、父親のことだけはお父様と呼ばず、陛下と呼び続けている時点でその気持ちの遠さは察せられるべきだ。
ルアーノはおそらくすでに死んでいる。
死んでいる者に全てを押し付けるのが間違っているしても、仲直りする機会ももうない。もしルアーノが全てを覚悟したうえで、クルムの母と結婚して、クルムたち兄妹を作ったのだとすれば、こうして恨まれることまで責任を取ってもらってもいいはずだと、クルムは俯き拳を握りながら思う。
「……あと、今から八つ当たりをします」
宣言してから行う八つ当たりなど珍しいことだ。
二人が黙っていると、クルムが眉間にしわを寄せて顔を上げる。
「いいですか」
静かだが、拳は握られたままで、確かに怒りが込められた確認だった。
二人が頷くや否や、クルムは拳を振り上げ、二人の胸のあたりを、本気で、全力で力を込めてグーで叩いた。
小さな音がした。
破裂の魔法は使っていない。
少女がか弱い腕の力を本気で振るった、相手を傷付けようとするわけではない、本当にただの八つ当たりだった。
背の高い二人の兄は、よろめくこともしなかった。
「どうして……どうして、お母さまが……だい兄さまが……ちい兄さまが……! 死ななければならなかったのですか……!! 兄ならば! 父ならば! どうして、守って下さらなかったのですか!! 今更理由を言うのは! 殺したかったわけではないなどと、そんなことを言うのは! ずるいじゃないですか……!」
拳を二人に預けたまま、クルムは絞り出すように文句を言った。
賢いがゆえに理屈は分かっている。
何がしたかったのか理解できてしまう。
それでも怒りが無くなるわけではない。むしろ怒りが湧いてくる。
八つ当たりだと分かっている。
ずるいなんて、子供みたいな言い草だと分かっている。
それでも今ここで吐き出さずにはいられない、クルムという少女の素直な言葉であった。
ぽたりぽたりと地面にしずくが数滴零れた。
クルムはそのまま随分と長いこと黙っていたが、やがてもう一度だけ二人の胸を叩くと、袖口で目元を拭った。
「っはー……」
クルムは目を強く閉じてから、顔を上げた。
ぐっと奥歯を強く噛みしめ、二人をじっと見上げる瞳は少し充血していたが、八つ当たりの前よりもさらに強い意志を持って輝いていた。
「八つ当たりは、これきりです」
クルムはそう言って鼻をすすった。
「ヘグニお兄様、セルルトお兄様。お二人とも、何か思うところがあるのなら、私を妹だと思って下さっているのならば、しっかり支えてください。手を貸してください。私もこれ以降、お二人をちゃんと兄だと思い、信頼したいので」