「クルム」
「……なんですか?」
話が終わって、兄二人が神妙な顔をしているところに、思わぬ横やりが入った。
いつ終わるのかと待っていたグレイである。
「ガツンと一発やらんか。何のために破裂魔法の使い方を教えたと思っておる。軍にはスペルティアも帯同しておるんじゃから、遠慮せずに、ほれ、やれ」
「……先生。まだ話したいこともあるんです。先生の退屈しのぎに、兄を殴らせようとするのはやめてください」
「儂はお主の気持ちを慮ってじゃな……。そうじゃ、儂が代わりに……」
「ありがとうございます。とりあえず納得しているのでご心配なさらずに」
真面目モードのクルムが極めて真っ当な返事をすると、グレイはそっぽを向いて盛大に舌打ちをした。
これこそがこの老人の本性でもある。
ろくでもないことをした奴は殴ってわからせるべき。
目には両目を、歯には全部の歯をという、倍返し、数倍返しを理念にしている恐るべき糞爺であった。
その中にほんのちょっとだけ、クルムが舐められて後で裏切られないようにという気持ちも混ざっているのかもしれないが、それに気づくことができる者はごくわずかだろう。
グレイの舌打ちを聞いた二人の兄は静かに表情を引きつらせ、クルムは小さくため息を吐いて苦笑した。
足を止めてばかりはいられない。
再び歩き始めながら、クルムは二人の兄に改めて状況の相談をする。
「私たちの中ではお二人が最もオブラ侯爵の近くに居たはずです。正直なところ、今回の反乱は、予見できるようなものでしたか?」
「いや、していなかった。いくらお前の勢いが増してきていたにせよ、もっとましなやり方があったはずだ。こんなおおごとにするくらいならば、まだ暗殺や恫喝を駆使した方がましなはず」
ヘグニも同じように頷いたのを見て、クルムは更に尋ねる。
「当代のオブラ侯爵は、どんな方です?」
「物腰は柔らかだが、自身の意見を譲らない。目的を達するためには手段を選ばないが、基本的にはじっと機会を待つこともできる人物であるはずだ」
セルルトの冷静な分析に続いて、ヘグニも口を開く。
「私の見立てでは、それに加えてとても慎重な人物であるという印象がある。ただ、これは危険だと判断した瞬間に、一気呵成に動き出すところがあると思う。例えば、私が攫われて、セルルトが毒を盛られた時のように」
「……となると、今回の件もやはり、前々から計画していたのではなく、突発的であると」
クルムがほぼ確信をもって意見を述べる。
オブラ侯爵は間違いなく諸々の準備はしていたはずであるし、どこかのタイミングで仕掛けてくるつもりはあったはずだ。しかし、実際にその決行初日には、クルムとグレイのみならず、たくさんの王子王女を王宮から逃がすという、酷い失態をやらかしている。
慎重で機会を待つタイプのオブラ侯爵にしては動きが杜撰だ。
「その可能性は高い。突発的と言っても、準備を始めてから、半年から一年程度は経っているように思うが……」
「もし私が拘束されたのがきっかけなのだとしたら……それこそ本当に、突発的に動き出した可能性はある。例えばあと数日以内に、完全に準備を完了してから仕掛けるつもりだったのが早まった、とか」
「だとすればお前がジグラに会いに行ったことは、意外と敵陣営を混乱させたのかもしれんな」
セルルトが嫌味たっぷりにヘグニをじろりと睨む。
絶対に行くな、勝手に行動するなと口を酸っぱくして言われ続けてきていたヘグニとしては、その視線からは目をそらさざるを得なかった。
「実際……セルルトお兄様のお付きの者たちは、予想外の動きをされた結果、〈リガルド〉で裏切ったわけでしょう? 普通であれば、もっと細かな指示が与えられていてしかるべきだと思うのです。となると……」
クルムが考えているのは、今自分のしている行動のどこまでが、敵方の想定済みであるかという点だ。考えすぎれば疑心暗鬼に陥ることになるが、だからと言って疑わないわけにはいかない。
現状様々なことがうまく回っている。
相手の想定の裏をかいて立ち回れていると思っている。
逆に言えば、ちょっとうまくいきすぎている感はあるのだ。
そこでハッとしたクルムは、セルルトに尋ねる。
「……ヘグニお兄様は、いつもとあまり変わりないですか?」
「何の話だ? 随分と痩せてはいるが、おおむねいつも通りだと思うが」
「何か疑われているのだろうか?」
セルルトもヘグニも状況が分かっていないのか、不思議そうにしている。
クルムが思い出したのは、帰り際に姿を現したスコラについてだ。
あれは完全に【人形遣い】に操られていた。
そうなると、オブラ侯爵家が【人形遣い】と手を組んでいるか、【人形遣い】がどこかで暗躍している可能性がある。
一旦ヘグニに、ルミネが操られていた時のように、薬が使われた形跡がないかは確認をしておくべきだ。
「念のためです。セルルトお兄様、スペルティア様を呼んできていただけませんか?」
「……わかった」
セルルトがさっとその場を離れても、ヘグニには何が起こっているのかさっぱりだ。
クルムの一連の言葉に、グレイも同じ可能性に気付いたのか、疑り深い目でじろじろとヘグニを眺めたが、当の本人はただ居心地が悪そうに静かに目を逸らすことくらいしかできないようであった。