王宮に着いたグレイは、そのままクルムの部屋に通された。
ちなみにビアットは荷物を自室にいれてウェスカとお勉強会だ。
そもそも文官として雇ったので、ものにならなそうな場合は本当に捨て駒として使うほかなくなる。一応頑張ってみたらいいのではないかと、グレイは思っていた。
頬が腫れていることに関してウェスカに問われたが、ビアットが自主的に「襲われたので先生に助けてもらいました」と答えている。
その辺りの調教はばっちりだ。
ビアットはグレイがカラスを指さして白いと言えば、『はい白いです』と答えるくらいにはグレイのことを恐れている。
面倒ごとをいくつか片付けて王宮へ戻ったので、一応伝えておいてやるかと椅子に腰かけると、クルムがどや顔で正面に座った。
何か聞いてほしそうな顔をしているので、あえて質問をせずに、外であったことを伝えてやる。
「逃げた奴は片づけた。ついでに襲われたから教育をして、よくわからん魔法使いが命を狙ってきたので返り討ちにしておいた」
「よくわからない魔法使いですか?」
「うむ、青白い炎を操るものじゃった。儂ほどではないがそれなりの腕はあるようじゃったな」
「それは……先生くらいのお年寄りですか?」
「まぁ、そうじゃな。何やら儂のことを知ってそうな口ぶりじゃったが……」
あんな腰の曲がった性格のねじくれた爺と一緒にされるのは癪なグレイである。
腰が曲がっている以外は共通点も多いのだが、本人は全く別物だと思っているようだ。
「それは多分【苦炎のテッド】じゃないでしょうか。彼の炎は人にまとわりつくと、消えることなく人を燃やし尽くすと言います。王都の裏ではそれなりに有名な魔法使いですよ」
「よう知っておるな」
「ウェスカが調べてくれました」
「あ奴は本当によく働くのう」
感心して顎鬚をなでていると、クルムは椅子に座り直してすました顔で話題を変える。
「実は先生が出かけている間、こちらにも動きがありました」
「ほう、なんじゃ、聞いてやろう」
どうしても話したいようなので、グレイはちゃんと話を聞いてやることにした。
あまり意地悪ばかりして性格が歪んでも困る。
完全に小さな子供扱いをされているが、クルムは気づいていないだろう。
「探りを入れてきましたので、騎士に助けられたことにしておきました。ついでにウェスカの怪我を治すためにスペルティア様の世話になったことを伝えると、あちらからぼろを出しましたよ」
「ほうほう、ぼろとは?」
「私の身に着けている指輪を買い取ろうかと話を持ち掛けてきたんですよ。おそらく今回の襲撃、パクス様が絡んでいます。私のことを試しているのではないかと思うのですが先生はどう思われますか?」
「ほう、それは気づかなかったのう。流石頭脳明晰、王様を目指すだけあるクルム王女じゃなぁ」
パンッ、と手を叩き感心したように両手を上げて驚いて見せるグレイ。
「……棒読み、何とかなりませんか?」
「なんじゃ、褒めてやったのに」
「褒めるの下手ですね」
都合の悪い反論をされたところで、グレイは真面目な顔をして答える。
「ま、どこかで気付かねばいかんとは思っておったからな」
「先生も気づいていたんですね」
「まぁ、パクスのやつの性格から考えて、そんなとこじゃろうとは思っておった」
「知ってて黙ってたんですね」
「お主への試練じゃろうが」
「そうですが……、そうかもしれませんが!」
折角上手くいって鼻を明かして、あわよくば褒めてもらおうと思っていたのに、上手くいかなくてクルムはやりきれない気持ちを言葉の勢いに込める。
「まぁ、しかし。おそらくひと月かけて気付かせるつもりだったんじゃろう。それを思えば上出来ではないか?」
グレイは顎鬚をなでながら素直に笑った。
グレイという強力な手札を持っているにしても、十二歳の少女が問題を見事に解決し、年上の王女をやり込めて、答えにたどり着いたのだ。
それはきっと彼女のこれまでの努力の成果であろうし、実際大したものである。
クルムは変な顔をして浮かせていた腰を椅子に戻し、グレイから目を逸らしながらため息を吐く。
「先生は、弟子を褒めるのが下手ですね」
「そうじゃろうか。喜んでおるように見えるがのう」
「……言い換えます。先生は性格がねじ曲がっていますね。最近私も性格が悪くなってきたような気がします」
「こんな場所で事をなそうというのじゃ。ちょうど良いじゃろ、それくらいで」
ああ言えばこう言う老人である。
しかしその遠慮のなさが、クルムにとっては心地よかった。
実際グレイが来てからは問題ばかり起きているけれど、これまでと違って前に進んでいる実感はある。
良い子にしているだけでは何もなせないことはクルムだってわかっていた。
ただ、何を参考にしていいやらわからずにいたのも事実だ。
無茶苦茶なことをするグレイは、反面教師にも、参考にもなる良い人材であった。
「……まぁ、そうかもしれませんが」
「素直じゃな」
「……ただまぁ、王位についたときに性格が悪いままでは困りますね」
「馬鹿じゃのう、お主。国王なんてこの国で一番性格の悪い奴がなるもんじゃ」
「じゃあ、先生がなっては?」
軽口の応酬で出た言葉だったが、案外クルムはしっくりときてしまった。
この老人ならば、無茶苦茶なことをしつつ、何か良い方向に国を変えていくのではないかと言う奇妙な信頼があったのだ。
「嫌じゃ。儂は王なんて大嫌いじゃ」
「……そうでしょうね。じゃあ仕方ないので私が代わりになっておきます」
「偉そうじゃのう」
「先生のように性格を悪くしようと努力しているんです」
くだらないやり取りだった。
しかし双方とも楽しそうに笑いながら、食事の時間が来るまでこんなくだらないやり取りを繰り返していたのであった。