スペルティアがやって来るまでの間も、ヘグニはまったくもっておかしな行動をしなかった。
ただ何を調べられるのだろうかと、不安そうに待っていただけである。
結果は白。
どうやらヘグニとあの厄介な老婆は接触していないと考えて良いようだ。
しかしそうなると、【人形遣い】がどのような立場で王宮に潜り込み、スコラを操っていたのかが分からない。オブラ侯爵が配下に加えていたとしても、それぞれの思惑があるのかとクルムは頭を悩ませる。
クルムからすれば敵の指示役があまりに多すぎるのだ。
オブラ侯爵を筆頭に、ジグラ、ジグラの背後で糸を引いているアハーバ王国のもの、そして【人形遣い】。どれを最優先で片づけるかと言えばオブラ侯爵なのだが、どれを半端に逃がしても面倒なことになる。
「厄介です」
「見つけた端から仕留めていくしかないじゃろ」
「簡単に言いますね……」
あっけらかんと殺害予定を立てるグレイであるが、そんな簡単には行かない。
見つけ次第即殺してしまっては全容が分からぬまま終わることになるし、どこまで敵が根深くつながっているかが分からないのだ。
「優先順位をつけましょう。一番何とかしなければいけないのは、オブラ侯爵です。ただ、見つけ次第優先的に殺さなければいけないのは【人形遣い】、ですかね……。ジグラお兄様はできる限り、捕まえてしっかりお話を伺いたいところです」
物事には責任者というものが必要だ。
今回の場合、その責任者、首謀者として捕えたいのがジグラである。
これだけ長い期間王都を騒がせたのだから、人々が納得できるだけの説明だってするべきだ。
逆に秘密裏に始末してしまいたいのが、隣国のアハーバ王国の協力者たちだ。
もしすぐさま攻め込む準備ができているのならば、むしろできる限り公にしてしまうのが良い。全ての責任を押し付けてしまえる便利な理由になり得る。
ただ、今回は王都も随分と被害を受けている上に、国主だって変わることになる。
世代交代をして即座に戦争となると、やりたいことも後回しになってしまうことだろう。
その結果、対外的にはアハーバ王国を詰める必要はあるのだが、国民たちへの説明時にはその名前を出すべきではないという複雑な図式が出来上がる。
後始末を考えると今から頭が痛くなるような状況であった。
「ま、あまり先々のことばかりを考えて足をすくわれても困るしのう。高度な柔軟性を保ちつつ、臨機応変にというやつじゃ」
「なるほど……?」
話を聞いていたヘグニは、グレイのいかにも大事なことを言ってそうな表情に騙されて納得していたが、クルムはじろりとその顔を見てため息を吐いた。
「……結局その場で判断しろ、ですよね」
「そうじゃな。ま、お主が大まかな方針だけ定めておけば、他の者も動きやすかろう。お主はお主で、択をいくつも用意しておけばそれで良い」
「分かっているんですけど……いよいよ大詰めじゃないですか。選べる択も限られてくると、同じことばかり考えてしまうんです」
いわゆる考え過ぎの状態であって、クルムの中ではすでに、あらゆる可能性を考慮し、何周も判断を出し尽くした後なのだ。それでも落ち着かずに、人にそれを話して気を紛らわしている。
人間なかなか、グレイのようにどうにでもなればなったらと、泰然とはしていられないものである。
「ま、それが儂とお主の経験の差、というやつかのう」
グレイはほっほと偉そうに笑ったが、クルムの意見は違う。
確かにグレイには人生経験からくる余裕もあるが、その余裕の背景には、圧倒的な暴力が控えている。いざとなればぜーんぶ丸っとそれで解決してしまえばいいという、投げやりな思考がどこかに必ずある。
クルムはそれを理解していたが、口には出さずにふっと笑って「そうですね」と同意してみせた。
「む、何やら文句ありげな顔じゃな」
「ありませんよ、同意したじゃありませんか」
「いいや、今の笑いは絶対に何か含みがあった。言いたいことがあるなら言えばよかろう」
「本当にありませんってば」
しつこいグレイの追跡を躱しながら、クルムは肩の力を抜いて笑った。
しかし同時にクルムは思うのだ。
それだけの圧倒的な暴力を持ちながら、グレイは意外と我慢をする。
グレイを知る者の多くが、グレイを短気で、暴力的で、物事の解決をそれに頼りがちな人間だと思っているかもしれないが、クルムはそれは少しずれた考えだと思っている。
誰でも殺せる。
いつでも解決できる。
本当に無茶苦茶な暴力を持っているグレイが、ぎりぎりまでそれを振るわないのは、人に期待をしているからだとクルムは思うのだ。
こうあってほしいという願いがある。
普通人というのは、グレイほどの力を持っていれば、もっともっと傲慢になる。
誰かのために何かをしようなどとはなかなか思わない。
約束は守らないし、義理堅くあり続けるのだって難しい。
無理やり他者を従えられるだけの力があるのだから、誠実である必要もないのだ。
つまるところ、人と触れ合い、文句を言ったり、脅したり、怒ったりするのは、それだけでグレイ側の大きな譲歩なのではないかとクルムは考えている。
グレイは積極的に他者を思い通りにしようとしない。
ただ、自分の周囲にある火の粉を振り払い、生きているだけだ。
力を振るうにしても、義理堅く、私欲のために相手を破滅まで追い詰めることもしない。
ただちょっとばかり、いや、大いに子供っぽい部分があるくらいだ。
「本当かのう。お主、最近儂のこと舐めておらん?」
「舐めてません。尊敬しています」
クルムが笑いながら答えるせいか、グレイは子供のようにそれを疑う。
「本当かのう、怪しいのう」
「本当ですってば」
いつの間にかすっかり真面目な話を放りだし、楽しそうに子供のようなやり取りに興じるクルムを見て、ヘグニとセルルトは思わず顔を見合わせる。
二人は揃って『いったい何をやっているのだろう』と呆れる一方で、その遠慮のない関係を少しばかり羨ましく感じるのであった。