夕暮れ時になったところで、軍の移動を止めてその日の炊き出しを開始する。
これだけの人数がいるので、あちこちで白い煙が上がることになる。
敵からもクルムたちがどこのあたりにいるかはばれてしまうことだろう。
横っ腹から不意打ちをしようと思えば、できなくもない。
念のためあちこちに歩哨は立たせているし、モーリスの手の者のような潜むのが得意な者たちに周辺は探らせているが、特に慣れていない王都の民たちは不安に思っていることだろう。
決着はなおのこと早くつけたいところだ。
さて、先頭集団に合流していたクルムたちの下へ、出した使いが戻って来る。
北東、南東のどちらに出した軍も同じタイミングで戻ってきて報告することには、そちらの二つの軍はすでに合流を果たしており、間もなく東門方面に到着する予定であるそうだ。
【アハーバ王国】への対策として、ベゼルフッド辺境伯は領地に張り付いており、騎士団とハップス、ルミネが南東方面軍の一部を率いて移動していたところを、北東方面軍と合流。
そのまま北東方面軍は両王子王女の指揮下に入ったのだそうだ。
軍勢の規模的には北西方面軍とさほど変わらない。
どうやら王都を占拠した者たちは、そちら方面からも軍勢がやって来るとは思ってもいなかったようで、まず南東方面に入り込んできていた【アハーバ王国】の者たちを追い払ってからは、特に抵抗もなく進軍ができているそうだ。
つまり、【アハーバ王国】が追い払われた時点で、手の打ちようがないということである。
この情報の示すところは、やはり計画の杜撰さである。
もしこれが本当なのだとすれば、南東方面の守りの要たるベゼルフッド辺境伯なんかは、絶対に王都から逃がしてはいけなかったはずだ。
逆に考えると、クルムがどれだけ的確に敵の嫌がることをやってのけたかということでもある。
さて、王国東部連合軍は、明日の昼時には王都東の門へと攻め寄せるつもりだという話だ。
何やらファルボド子爵に門を破る秘策があるらしい。
あの厄介な人物のことだから、実験がてら何かをやらかすつもりなのだろう。
「私たちもそれに合わせて北門に攻め寄せることにしましょう。……念のためもう一度東部連合軍に対しての使者を出します。私が王都に出向いた時に攻撃してきた魔法使いの情報。【人形遣い】と呼ばれるエルフの老魔法使いについての情報。それから、おそらくアハーバ王国が雇っていると思われる、傭兵がいる可能性などを伝えてもらいます」
「西の門は抑えなくていいのか?」
ケルンが不思議そうに、そのことを指摘する。
クルムはしばし考えてから首を横に振った。
「西の門を押さえるには、セナト侯爵の軍を抑える必要が出てきます。その時間はありませんし、無理に王都内から門を封鎖すると、挟み撃ちになるかもしれません。……そうでなくとも、逃げ道が無くなった相手は全力で抵抗をしてくるでしょうから、無駄に犠牲を出しかねません」
オブラ侯爵を逃がしたいわけではないが、まずは王都を取り戻すのが優先。
【人形遣い】は何としてでも仕留めておきたいし、ジグラまでも逃がすわけにはいかないが、オブラ侯爵は追い出すことさえできれば、最悪逃がしてしまってもいい。
元々クルムはオブラ侯爵こそ今回の首魁と考えていた。
だからこそ、何としてでも捕らえるべきという方針を持っていたが、王都の民やそれによって出る犠牲を考慮すると、こだわりすぎるべきではないと判断をした。
何より、王国東部連合軍の順調な集結の話を聞く限り、アハーバ王国と分断された、オブラ侯爵の影響力はそれほど大きくなくなりそうな気配がある。
おそらくオブラ侯爵は、王国各方面の領主にも味方を増やしていたのであろうけれど、今回のあまりに急なクーデターに、思ったよりそれらの領主が乗って来てくれなかったのだ。
彼らが賢明だったとも、各方面の顔役たちが優秀だったとも捉えることはできるだろう。
何にしても、オブラ侯爵の影響力は、当初クルムが想定していたよりも随分と低い。
「あえて空けておきましょう。もしオブラ侯爵がそちらから逃げ出すようであれば、無理に追わなくても結構です。もちろん、捕縛できるのならばしておきたいですが……。王都を取り戻した時点で、オブラ侯爵家にそれ以上の芽があるとは思えません」
「なるほど、犠牲を最低限にして、王都を落ち着かせることを優先させますか」
満足そうにうなずいたのは、グレイの友人であるバミであった。
優先順位がしっかりしているのは、統治者として大事なことである。
「王都を取り戻した後も、しばし手を借りることになるかもしれませんが、その時は皆さん、改めてよろしくお願いいたします。必ず働きには報いてみせます」
明日は朝から移動。
そして、昼過ぎにはゾエが細工をした門から突入することになる。
いよいよ本格的な戦いが始まるのだと、北西方面軍の首脳陣は、ぐっと表情を引き締めて、それぞれ深く頷いた。