オブラ侯爵は盛大にため息を吐いた。
誰が悪いとか、どう責任を取るのだとか、そんな何の進展もない会議を早々に切り上げさせたあとだ。
その場にいるのはジグラと、なぜか死んでいたレッズ公爵に代わってアハーバ王国側の責任者に繰り上がったミニョン子爵と、オブラ侯爵だ。それぞれ癖の強い護衛を連れてはいるが、言葉を発する主要人物はたった三人。
先ほどよりはましな話し合いになるはずである。
昨晩はクルム王女が王都に忍び込み、ヘグニをさらった上で、大通りでパレードをしてくれた後だ。王都の民はすっかりオブラ侯爵やジグラが流した噂を疑い始めているし、放っておいたら数日もすれば暴動が起こり出しそうな気運すらある。
「それで、レッズ公爵の件についての進展は?」
「い、いえ……それがさっぱりわからず……」
額に汗をかいているミニョン子爵の返答に、オブラ侯爵は眉を顰め、ジグラは指先でテーブルを叩いた。どちらも返答に納得いっていないのは明らかだ。
オブラ侯爵は、元々レッズ公爵の独断専行に常々辟易としていた。
そもそもよく言えば自信家、悪く言えば自惚れ屋である性質も、オブラ侯爵からすると相性が悪かった。
それでも手を組むしかなかったのだ。
オブラ侯爵が本格的にクルム勢力、というよりも、グレイ=アルムガルドの存在に気付いたのは、昨年の後半である。
前半は自領や各方面の協力者を増やすために、各地を飛び回っていたせいで、王都の情報がしっかりと入ってきていなかったのだ。王都へ戻り、その間に起ったことをじっくりと追いかけていたところ、突然クルムという王女が頭角を現し始めたことに気が付いた。
これから腰を据えて、数年かけて力を削いでいくつもりであった教会勢力であるルミネや、騎士団勢力を味方につけたハップスらが、まとめてクルムの勢力に味方をしている。
それだけで何が起こったのかと目を疑うような事態であったというのに、オブラ侯爵はさらに深く調べてみた結果、どうやらクルムの教育係に妙な人物が就任していることに気付いてしまう。
グレイ。
その名前はオブラ侯爵家にとってアンタッチャブルな名前であった。
そもそも、そのグレイが守っていたナックスという王子は非常に優秀で、民衆からの人気も高く、他の勢力から疎まれる存在であった。
ナックス派閥対他の派閥全て、のような有様であった時期すらある。
当の本人はそれを知ってか知らずか、自然体に、そして善良に暮らしていたが、それがまた厄介であった。
ナックスは日常的に暗殺者が送られ、外へ出れば悪漢に狙われいた。
それらは皆、国内の有力者が密かに子飼いにしていた実力者であったのだが、周囲にいる人物ら、主にグレイがそれを端から返り討ち。
では裏工作をして潰そうとすると、その父であるアルムガルド辺境伯が睨みを利かせており、他勢力としては非常に動きづらい環境であった。
長男であるブラック、次男であるグレイが二人してナックスを守り、表向きはアルムガルド辺境伯が目を光らせる。これはもしやアルムガルド家が総力を結集してナックスを王に据えようとしているのではないか。
他勢力はそれをほぼ真実であると信じ切っていた。
実際のところは、貴族の争いにうんざりしていたその時の国王が、王位継承争いをもっと大人しいものにしようと密かに助力を頼んでいただけなのだが、子供たちが勝手に動いたせいで、そう誤解されてしまったのだ。
だが、結果的には悲劇が起きた。
ブラックが別勢力に加担した。
ナックスは死んだ。
グレイは怒り、暴れ、そして当時敵だと判断したものすべてを退け、あるいは殺し、それを抑えようとした父を、そして父に加勢した兄を殺した。
当時の王は責任を感じていたのか、あるいはグレイを恐れたのか、バミの説得を飲みこみ、グレイを三十年の国外追放としたのである。
一方先々代オブラ侯爵は、グレイを一目見た時にこれは駄目だと諦めていた。
金鉱山が見つかり、金と、それに伴う力も十分に手に入れ、今度こそ教育係としてオブラ侯爵家を繁栄させるつもりで乗り込んだ王位継承争いであった。
だが、厄介な相手がいると聞いて、小手調べでグレイの暴れようを見た瞬間に、これは次元が違うと判断して諦めていたのだ。
雇った強者も使わず、他の勢力が消耗していくのを、馬鹿なことだと半ばあきらめながら、それでもどこかでチャンスがないかと様子を窺っていた。
ナックス王子への襲撃や、アルムガルド家と敵対するような事態は避けつつ、情報収集に努めた。そうして、ブラックとグレイの過去の確執を突き止め、こっそりと他勢力に情報を流したのは、他でもない先々代オブラ侯爵である。
だが、その時もオブラ侯爵は動かなかった。
矢面に立つことを避けたのだ。
だから、いよいよブラックが動き、ナックスが殺されたと聞いたその時には、浮かれて踊り出しそうな気持を無理やり抑え込んで、体調が悪くなったことにして、しばし王宮に顔を出すことを控えた。
結果が、王子殺し、アルムガルド家の滅亡、グレイの追放、各勢力が重要な駒をいくつも失うという大惨事が起こったわけである。
そこから、他勢力が完全に手を引いたわけではなかった。
しかしそれまで一切の工作をせず、無傷で元気の有り余っていたオブラ侯爵の動きにはかなわず、結果、オブラ侯爵家はハルシ王国で盤石の権勢を振るうようになったのである。
オブラ侯爵はグレイ=アルムガルドを知っていた。
当代オブラ侯爵も、先代オブラ侯爵も、先々代から口を酸っぱくして言われてきたのだ。
グレイ=アルムガルドに気を付けろ。
まだ生きている恐れがある間は決して油断をするな、と。