王都の北門は静かであった。
守るつもりがあるのならば、当然外壁には弓兵を配備すべきであるし、何らかの抵抗をすべきだ。
しかし、門は僅かな抵抗もなく開かれた。
簡単に壊して開けることができたのは、もちろんゾエらの功績であるのだが、兵士の抵抗がないのがとにかく不気味である。
そして扉が開き、王都へ足を踏み入れたクルムらは、すぐにその違和感に気が付いた。北から南の王宮へまっすぐに伸びている大通りに、人の姿がほとんど見えなかったのだ。
もし今の王宮から、できるだけ外へ出ないようにという指示が出ていたとして、真昼間にこれほどまでに人の動きがないのは明らかにおかしい。
その時、王都へなだれ込んだ部隊の一部から声が上がり、戦闘が発生したのが分かる。どうやら外壁の奥に潜んでいた者たちが不意打ちをしかけてきたようであった。
規模が分からなかったため、クルムがグレイを引き連れてすぐに向かうと、そこには、腕が折られても、剣を突き刺されても兵士に襲い掛かっていく、薬物兵らしき姿があった。
初めてそれを相手にした兵士たちは動揺して、数人がすでに怪我をしているようで、グレイが舌打ちをして飛び込み、文字通りすべての薬物兵の首を引っこ抜いて踏みつぶす。
あまりに残酷なやりように眉を顰める兵士もいたが、次の瞬間そんな兵士もグレイの行いの意味を察する。
他の兵士たちがめった刺しにしたはずの薬物兵が、体の中身をこぼしながらなお、剣を振って兵士たちに向けて襲い掛かっていたのだ。
こちらもまた、駆け寄ってきていたコテツによって首を弾き飛ばされると、しばしバタバタとした後にようやく動きを止める。
「薬物兵化……かつ、死んだ瞬間にアンデッド化するようじゃな。おそらく、王都全域にそれが作用するように何らかの仕掛けが施されておる。術者を殺すか、仕掛けを解除せねばこれは続くじゃろうな。……もちろん、敵を殺しても、味方が死んでも、アンデッド化し、無差別に近くに居る者に襲い掛かるじゃろう」
「なんてことを……」
そうなると、街の人々が通りを歩いていない理由はおそらく、薬物兵に襲い掛かられて、皆家の中に隠れて息を潜めているからだ。あるいは、既に殺されてしまってアンデッド化したうえで、街をうろついている可能性がある。
「先生、門の上まで連れて行ってください」
連れてきた兵士たちの半分ほどはまだ王都の中へ入っていない。
なぜ止まっているのかもわからないであろうから説明し、状況を打開するために指示を出す必要がある。
「ついてくるがよい」
グレイは先ほど薬物兵が現れた、外壁を登るための階段へと駆けだすと、そのまま一気に駆け上がり、上でうろうろとしていた薬物兵を一人蹴り倒して、頭を踏みつぶした。
どうやらアンデッドも薬物兵も、近くに来る者や、音を出した者を襲うという単純な命令しか受けていないようである。
クルムは外壁に上がると、一言大きく叫んだ。
「注目してください!」
外壁の上にクルムがいることに気が付いた兵士たちはいっせいに顔を上げる。
そこでクルムはさらに続ける。
「全体! 周囲を警戒! 近付いてくる不審なものがいれば、首を落として倒してください!」
突然の物騒な指示にざわつく中、クルムは「静かに!」とまた声を上げる。
数百数千と人がいても、それらは皆、クルムを信じてついてきた者たちだ。
その一言で、場はしんと静まり返る。
「王都にアンデッド化の魔法がかけられています! 呪い谷で見たことがある者もいるでしょう! 人が意思を奪われ、近くに居る者に襲い掛かるようになっています! 首を落とさねば動き続けます! 落としてもしばし動きます! 死ねば私たちもアンデッド化します!」
再びざわついた兵士たちを、同じようにクルムが一言で黙らせてさらに続ける。
「犠牲者を出さぬよう、アンデッドを外に出さぬよう、北西地域から集まった領主の方々及び、その領兵の皆さんは、この門と、背後にいる民たちを守って下さい! 逃げてきた一般市民がいても同様です! 会話が成立するものはアンデッドではありません!」
アンデッドは話しかけても返事がない。
ただその身に宿っている技能を使って近くに居る者を殺すだけだ。
「〈要塞軍〉の皆さん! 私と共に通りを駆け抜けて王宮を制圧します! 一刻も早く、この術者を見つけ、仕留め、術を止めます!」
王宮へなだれ込む者たちは皆、集団での戦いよりも、個としての戦闘能力に長けた者に絞る。
逆に突発的に出会ったアンデッドに負けるかもしれない各領地の兵士たちは、門という守りやすい場所一点を、協力して守ってもらうのだ。
「時間がかかるほど犠牲者は増えます! 私がここから下りたら、声が届かなかった方々に現状を伝えてください! 厳しい状況ですが皆さんが頼りです! お願いします!」
そこまで言うと、クルムはすぐさま踵を返してグレイと共に階段を下り始める。
まずは【人形遣い】を止める必要がある。
ジグラも、オブラ侯爵も後回しだ。
このままではどれだけの犠牲が出るか分かったものではない。
クルムは先頭へ戻ると、そのまま大通りを駆けだした。
「〈要塞軍〉の皆さん、ついて来てください! スペルティア様も、メナス様も冒険者の方々も一緒に!」
一騎当千の軍勢がそれぞればらばらの武器を担ぎ、王宮へ向かって走り出す。
まるで賊の群れのようでもあるが、クルムたちこそが、王都を解放するための正しい軍勢であるはずであった。