王都の東門は固く閉ざされていたが、北門同様守兵がいなかったため、簡易に作り上げた破城槌で門を打ち破ることができた。
王国東部方面軍はあまりの沈黙具合に何かの罠なのではないかと警戒をしていたが、門が勢いよく開いたのに合わせて、内側にいた兵士たちが吹き飛んでいく姿を見て目を丸くした。
破城槌相手に中から抑えていたのかと、首を傾げたり笑う者もいたが、派手に吹き飛ばされた兵士たちが無事であるはずもないと判断し、なだれ込んでそれのとどめを刺しに向かう。
ある意味、よく訓練された無駄のない兵士の動きであり、本来は褒められるべき事柄である。
しかし、とどめを刺しに行った者たちや、なだれ込んだ兵士の一部は、その死にかけの兵士たちに襲われることになった。腕が変な方向にまがっていたり、明らかに死んでいてもおかしくないような血を流している兵士たちが、痛がるでも執念を見せるでもなく、ただただ襲い掛かって来る。
数人の兵士たちが恐慌のままに襲われて命を落とし、その命を落とした兵士が、またアンデッドとなって数瞬前まで仲間であったはずの東部方面軍に向かって襲い掛かる。
「どけ! 道を開けろ!」
そんな中、兵士たちをかき分けて無理やり前方へやってきたのは、大剣を携えた騎士団長ホワイトであった。この男はグレイと共に薬物兵やアンデッドそのものを見たことがある。
別方面には既に副団長であるジグとハップスを向かわせてあった。
昨晩の内に敵方に【人形遣い】がいることを聞いていたホワイトであるが、まさかこれほど広い範囲で、真昼間からこんな無茶苦茶な手段を取って来るとは思っていない。
ジグラが少しでも王位に就きたいと考えているのならば、ありえない手段だ。
最早、【人形遣い】に操られているとしか思えない。
ホワイトは大剣を一振りして、数人のアンデッドの首をその体から弾き飛ばし、それでも押し寄せてくる体を蹴り倒して声を上げた。
「アンデッドだ! 死ねばアンデッドになるぞ! 敵の首は必ず落とせ! 油断をするな!」
軍には動揺が広がっていた。
ホワイトが、ついほんの一瞬前まで仲間であったはずの、すでにアンデッド化した兵士の首を斬り飛ばしたからだ。
しかしそんなことを言っている場合ではない。
死ねば死んだだけ、敵の戦力は増えていく。
呪い谷の近くで活動している〈要塞軍〉と違って、王国東部方面軍は、死体がアンデッド化することに慣れていないのだ。
だからどうしたって対応が遅くなる。
同じように別方面でもハップスがアンデッドの首を落とすように声を上げている。ただ、アンデッド化はあちこちで起こっているようで、既に悲鳴は軍のあちこちで上がり始めていた。
「アンデッドは首を落として殺せ! 容赦をするな!」
ホワイトはそう叫びながら見つけたアンデッドを端から屠っていく。
この調子であると、怪我をした兵士がアンデッドと間違えられて仲間に殺されるような事態も起こり得るだろう。
ホワイトは奥歯をぎりりと噛みしめて、また一人アンデッドの首を斬り飛ばす。
アンデッド化の呪い。
呪い谷のリッチが使う、広域の魔法。
一人の人間がやるような規模の魔法でもなければ、少しでも人の心が残っている者ならば手を出すはずのない魔法であった。
◇
〈要塞軍〉を引き連れたクルムたち一行は、各所で現れるアンデッドや薬物兵を、現れた数以上の人数で対処し、徹底的に殺し、殺し終わり次第駆けだしていく。
その姿は確かに正義であったのかもしれないが、ひっそりと家の中から外の様子を見ていた王都の民からすれば、恐るべき蛮行でもあった。
一部の王都の民は、既に薬物兵に首を斬られ、心臓を刺し貫かれ、命を落としてアンデッドとなり果てている。そのアンデッドは、王都の民の誰かにとっての身内である。
だから王都の民は、身内が徹底的に殺されるところを見ることになったのだ。
彼らはアンデッド化という呪いへの理解がない。
だから、死なずに、おかしくなっている身内を、クルムたちが徹底的に殺しているように見える。
見たくないと震えて目を閉じた者もいた。
理解しようと歯を鳴らしながら見続けた者もいた。
「やめてください! その人は、私の旦那なんです、やめてください、殺さないでください!」
こらえきれず家から飛び出してきた者もいた。
だが、戦闘脳に切り替わった精鋭たる〈要塞軍〉の兵士たちは、ためらわずにそのアンデッドの首を切り落としてその動きを停止させた。
クルムは一瞬振り返ったが、戻って説明したくなるのを堪えて、ぎゅっと唇をかんだ。
止まれば止まっただけ犠牲者が増えるかもしれない。
足を止めている暇はない。
その時、背中を平手で強く叩かれる。
体が浮き上がるほどの威力であったが、痛みはなかった。
「お主はお主のやるべきことをなせ。こうなっているのには、前に【人形遣い】を仕留め損なった儂にも責任がある。今は止まるな、振り返るな。進むんじゃ」
クルムは背中を叩かれた勢いのまま、また駆けだす。
そして駆けながら反論した。
「責任を取るのが私の仕事です! 勝手に先生が背負わないでください!」
「偉そうなことをほざくな、小娘が! 百年早いわ!」
大きな声を出したら少しだけ気持ちが前向きになる。
クルムは〈要塞軍〉に向けて大きな声で激励を送る。
「間もなく王宮です! 私たちは正義を成しています! この呪いを発動させている【人形遣い】を、必ず仕留めましょう!」
兵士たちから同意の声が響き、士気がぐんと上がった。
〈要塞軍〉の精鋭とて人間だ。
命乞いに手は止まらなくとも、心は揺れる。
ただ、先頭を走る王女が、仕えるべき主が、自分たちが正義だと保証してくれている。ならばそれを信じてついていけばいい。
クルムはこの瞬間、確かに万民の主としての風格を漂わせ始めていた。