グレイもメナスも音を立てずにゆっくりと近づいたのだが、たむろしているもののうち数体が接近に気付いてくるりと振り返った。
外傷がないところを見ると、どうやら薬物兵のようであり、それぞれが異なった武器を構えている。装備もばらばらであるところを見ると、おそらく彼らは傭兵。ハルシ王国に傭兵を使う文化はないので、おそらくアハーバ王国の者が雇った者たちであることが分かる。
それぞれが連携も何もなく、しかし素早く、無駄のない動きでグレイたちに襲い掛かって来る。
薬物兵も、アンデッドも、戦うのには体の記憶が使われているのだろう。
攻撃は鋭く、元々は相応の実力者たちであったであろうことが分かる。
とはいえ、その攻撃には思考がない。意思がない。
ただ見つけたものを殺すという目的で、動かし慣れた体を、動かし慣れているように動かしているだけに過ぎない。そんな単純な攻撃で、グレイや、歴戦の冒険者たるメナスが傷つけられるはずもなかった。
武器を、頭部を切り落とし、殴り抜き、できるだけ音を立てずにその場を制圧していく。
心なしかそれを繰り返すグレイの表情は、いつもよりもつまらなさそうだ。
敵側の気合いの雄たけびがないだけで、随分と静かであった。
どうやら普通の兵士だけではなく、ある程度の実力者ですら薬物兵化させられていることに気付き、この状況がどこまで敵の計算なのか、なんてことをクルムが考えている隙に戦い、いや、敵の処理は終わってしまった。
グレイが全員の動作停止を丁寧に確認し、その先にあった扉に手をかけた瞬間、その扉を刺し貫いて十文字槍が飛び出してくる。
ぎりぎりまで殺気を消した一撃であった。
見えているはずもないのに、頭部を正確に狙った不意の一撃は見事というほかなく、槍には僅かな捻りと共に、手元の操作で細かな振動まで付与されている。
貫いた扉の穴を破壊しながら、槍の穂先がグレイの目を貫かんと迫る。
グレイは僅かにのけぞり、穂先を回避する。
それと同時に拳を下から上へと突き出し、槍を跳ねのけようと試みた。
しかし、一撃目が不発であると気づいたらしい敵は、槍の方向をくるりと変えて、横向きの刃をグレイの首に突き刺すために今度は叩きつけを放ってきた。
槍の柄にあたったグレイの拳が破裂し、穂先はグレイに突き刺さることなく一瞬浮き上がったが、グレイも体勢を崩したままだ。そうかと思えばグレイは、そのままの勢いでさらに右足まで振り上げ、槍の柄に向けて二撃目を放つ。
これにはたまらず、槍が天井まで跳ね上がり、突き刺さった。
姿勢が安定しない中の攻撃とはいえ、グレイの攻撃を二発受けてなお壊れていない槍の耐久力は驚くべきものであるし、壊れないように扱っている槍の持ち主の技量も、人並み外れたものであることが分かる。
グレイは槍の次の動きも確認せず、魔法で手のひらの上に出現させておいた小石を、反り返った姿勢をばねのように立て直しながら、その勢いまで加味して、全力でドアに向けて投げつけた。
放たれた小石は散弾のようにドアを吹き飛ばし、人体による面での遠距離攻撃を実現する。
盛大な破壊によって、煙が舞い、グレイはそのまま部屋の中へ飛び込んでいく。
そこにいたのは一人の中年の男と、それを庇うようにして押し倒している屈強な老人であった。ただ、その老人の片足はすでにない。
中年の男を庇って回避が遅れたのだろう。
「確かにこれは……強烈……。これが、グレイ=アルムガルドか……」
「……そういうお主の名は」
「おお、名を聞いてくれるか。俺の名はフィデス」
フィデスは嬉しそうに笑った。
それは強者に認められたという、武芸者独特の歓びであった。
よく見ればフィデスの身体には足以外にもいくつも傷があって、猛烈な勢いで血が流れ出している。
まもなく死に、そうなればアンデッドに変貌するのだろう。
グレイは、煙が収まった先で待機しているクルムに手招きをする。
フィデスに庇われている男は、ぐっと唇を噛みしめ、しきりにあちこちに目を走らせているが、どうやらこちらも庇われた拍子に足を怪我したのか、動き出す様子はない。
「さて、もう一働きしたいところだが……片足がないではな。さりとて意思のない死体になるのはごめん被るが……」
そう言いながらも、フィデスは震える手で服の一部を破いて、大腿部をぎゅっと縛り付けて止血し、槍を杖のようにして立ち上がる。
顔色は真っ青を通り越して白くなりかけているのに、気丈なことである。
入ってきたクルムは、フィデスの姿を見て目を丸くし、ついで床に座り込んでいる人物を見て口を開いた。
「オブラ侯爵閣下……ですね」
「クルム王女ですか。挨拶代わりに大事な部下の足を吹っ飛ばすなど、流石におてんばが過ぎるのではないでしょうか?」
目の前に座り込んでいるそのあまり特徴のない男こそ、黒幕であり、最も大きな敵であるはずのオブラ侯爵であった。
オブラ侯爵はクルムが姿を現した瞬間に、床に手をつき、涼しい顔をして立ち上がった。グレイやメナスのような、ベテランの武芸者と言って差し支えない者たちからすれば、その動きには違和感があり、足を怪我しているのはまるわかりである。
しかし、そうでないクルムや魔物と戦うことに特化しているロブスは、オブラ侯爵が足に怪我を負っていることに気付けていない。
それほど、表情には痛みを見せなかった。
どこにでもいそうな男であるが、その精神性はやはり凡庸ではない。
「なぁに格好つけとるんじゃ。足をけがしてろくに動けないことは見え見えじゃ」
そんな努力をすべて無に帰すような発言をするのは、やっぱりグレイであった。
フィデスが「ははは……」と乾いた笑いを漏らしたことで、オブラ侯爵もそれが嘘でないことを悟り、ため息とともに右足を庇うように姿勢を変える。
ばれているのにわざわざ演技をして痛い思いをする必要もない。
「これが噂の男か。冴えない顔じゃがなぁ」
つい先ほどよい戦いをしていい感じに体中に血が巡っているのか、クルムの因縁の相手を前にしているというのに、グレイの口はいつにもまして絶好調であった。