「この様子だと、現状はあなたにとっても都合のいいものではないようですね」
クルムの断定気味の問いかけに対して、オブラ侯爵は大きく息を吐いて部屋の壁に寄りかかった。
「私の主義ではありませんね。こんな有様は」
「そうなのでしょうね。裏から糸を引く方があなたには似合っています。だからこそ、こんな暴挙に出た理由が理解できない」
「それはどこからの話です?」
オブラ侯爵は取り乱さなかった。
追い詰められていると分かっていて、それでもなお、未だ突破口を探っていたし、もしそれが見つからなかったとしてもこの態度が崩れることはないのだろう。この男もまた、大国であるハルシ王国を己が手中に収めんと画策した大侯爵なのである。
「明らかに失策と思えたのは、アハーバ王国と手を組んだあたりからです」
オブラ侯爵は、自陣営にいる最も頼りになる武人であるフィデスに向けて問いかける。
「フィデス。もし私を庇っていなかったら勝てたか?」
「難しかったでしょう」
「不意を突いても?」
「難しいでしょうね」
「多人数で手を組んだら?」
「まともに戦えるほどの強者が、手を取り合って排除に臨むとは考えられません」
「……とすると、やはり私の判断が間違っていたとは思いません。なぜなら、王女殿下が抱えているその鬼札が、あまりにも強すぎるので」
オブラ侯爵の目はクルムではなく、真っすぐにグレイへと向けられていた。
「つまり、暴挙に出た理由は、私に先生がついていたからと」
「はい」
「肝っ玉の小さい奴じゃのう……。素直に負けを認めて領地に引っ込めばよいものを」
「あなたが王女殿下の元にいると気づいた段階で、もう取り返しがつかなかったのですよ。私が最後までまともに戦っていれば、王位継承争い自体は八割方勝てたでしょう。もし負けていれば、オブラ侯爵家は二度と日の目を見られなくなるでしょうし、勝ったとすれば、その結果、どこかでそちらが強硬手段を取って来たはずです。例えば、〈要塞軍〉を頼り、国から独立して戦を起こす、とか。連れている冒険者のつてを頼り、私に奇襲をしかけて殺すとか……。私だったらそうしています」
クルムの気持ちを理解しているというわけではないのだろうが、オブラ侯爵が次々とあげた未来の推測は、それぞれ十分にクルムがとり得る選択であった
「……しかし、結局今回のやり方でも敵対することになりました」
「仕掛ける時期をそちらに任せるくらいならば、一時的に他国の有力者も利用し、強力な布陣で不意打ちをするしかないでしょう。これはレッズ公爵が勝手に動き出したせいで連携が取れず、王宮から逃がしてしまい失敗」
ため息を吐いたオブラ侯爵は、自身の両手をじっと見つめながら忌々し気に、呼吸することも忘れたかのように言い連ねる。
「そのせいで騎士団の主戦力にも逃亡され、道中に配備した兵士たちは東部のベゼルフッド辺境伯を捕らえることもできなかった。スラム街の住民を徴兵し、戦いの先頭に立たせるつもりであったのが、まともに使えそうな者は、王女殿下に従って皆王都から鼠のように逃げ出した。レッズ公爵が任せろと言うから様子を見ていた東部戦線も崩壊。何を言っても私を相手にしなかった、あの北東地域のフォルボドの小僧まで王女殿下につく始末。セナト侯爵に任せた時間稼ぎも失敗。最悪、集めた王都の民を皆殺しにしてくれれば、あなた方の王都での評判が下がって、もう少しうまく立ち回れたのですが、それすらも失敗。挙句、切り札があるとのたまったレッズ公爵が、王女殿下を狙ってそれも失敗。私が散々グレイ=アルムガルドを狙えと言ったのにも関わらず!」
ぐっと拳を握っていたオブラ侯爵であったが、また大きく息を吸い込んで、それから吐き出して、少し赤らんだ顔を平静に戻すと、脱力して手を開いた。
「…………レッズ公爵は不審死。これも王女殿下の仕業ですか? 狼狽えたアハーバ王国の者たちや、我々の手勢を導くと言って、ジグラ王子がそれら全員を一か所に集めたかと思えば、今度はこの様だ。王国西方の貴族たちも、失敗続きの私の指示より、これまで一度も失敗をしていないジグラ王子の話を聞きたかったらしい。馬鹿なことだ。念のため現場に行かなかった私たちは無事であったが、それ以外は皆、人を見れば襲い掛かるだけの化け物になり果てた。ジグラ王子の近くをうろついていた、怪しい老婆、あれが犯人なのだろうな……」
オブラ侯爵とて、ジグラ王子の動向は警戒していたのだ。
しっかり見張っていたし、何が起こってもいいように、領兵や強者たちに十分に含みを入れて、訓練場の現場も見張らせていた。だが、ジグラ王子は最後まで妙な動きを見せなかったし、最終的に見張らせていた者たちすらまとめて術を食らってしまってこの様だ。
「……レッズ公爵様が亡くなった件に関しては、一切存じ上げませんが」
「では他はすべて心当たりがあるということですか。……全く私は、まるで天に見放されたかのように、何もかもうまくいきませんがね」
全てばらして、時折態度を変えながらも、オブラ侯爵はフィデスの怪我の具合や、グレイたちの様子をさりげなく観察し続けていた。
それで分かったことは、どうやら自分がいくら喋ってもここから逃げ出せそうにないことと、フィデスの余命がいくばくも残っていないということくらいであった。