オブラ侯爵の元気がなくなった。
間違いなくグレイの言葉が原因であるが、そんなメンタルのケアまでしていられない。現れる敵を排除しながら玉座の間までやってきた一行。
中には何かが蠢く気配があった。
両開きの扉の真ん中をグレイが蹴りつけると、勢いよく開いた扉が、数人の薬物兵たちを弾き飛ばす。
赤いじゅうたんが伸びる先には、二段の段差があって、その先の玉座に、ジグラが足を組んで座っていた。玉座の間には魔法陣のようなものが描かれていて、それが薄気味悪い赤色にぼんやりと光り輝いている。
グレイが足を踏み入れた瞬間、音がして、扉が勢いよく迫ってきた。
グレイがやったのと同じように、扉の向こうにいる何者かが、扉を蹴り飛ばしてぶつけようとしてきたのだ。
「生意気な……」
グレイは二歩強く足を踏み込むと、再び迫る扉を思いきり蹴り飛ばし、衝突の瞬間に破裂の魔法を行使した。扉の蝶番が外れ、奥にいるものたちをまとめて吹き飛ばすと思いきや、肌の変色した薬物兵の一人が拳を叩きつけて扉を粉砕した。
「グレイが壊せなかった扉を破壊した」
スペルティアが平然とした顔で言うと、グレイが眉間にしわを寄せて振り返る。
「あ奴らにぶつけるために威力を調整しただけじゃい!」
あの薬物兵よりも攻撃力が低いと勘違いされるのが不快で、グレイは思わず大きな声を出した。どうにも空気は締まらないが、敵方にもそれなりのものがいることははっきりとした。
「メナス、ロブス、全身に強化をかける。メナスはここを守れ、ロブスは全員の頭を潰せ。うまく立ち回るんじゃぞ、良いな!?」
最後の言葉と同時にグレイが飛び出し、一拍遅れてロブスが戦いに身を投じた。
メナスは細剣を抜いて、近づいてくる者に備えている。
グレイはまず扉を破壊した薬物兵の下へ一直線に向かった。
ラウンドと比べても遜色ない、体の大きな男だ。
髪の毛を編んで、ぎゅっと後ろで一つにまとめている男は白目をむいてグレイに向かってくる。
武器は持っていない。
きっとその鍛え上げた体こそを武器にした傭兵だったのだろう。
それが振りかぶった拳に合わせて、グレイも気合いと共に拳を突き出す。
「ぬんっ!」
先ほどの扉を破壊した威力を見れば、真正面から殴り合うのは正解ではない。
それでも、グレイは譲らなかった。
拳のぶつけ合いはプライドのぶつけ合いだ。
ここへかけてくる間に、全身にしっかりと魔法で強化を施してある。
拳がぶつかり合った。
相手方の威力も桁違いで、ぶつかった瞬間、思わずグレイの身体も少しばかり後ろに下がる。
もちろん、相手もそれ以上に後ろへ下がっていたが。
同じタイミングで一歩出て拳。
ぶつかると相手の拳が破れ、血管が傷つき、血が舞い散る。
嵐のような拳の応酬だった。
近寄ったものが巻き込まれ、巻き込まれた者は体の原形を失くし吹き飛ばされていく。
十発拳を合わせた頃には、薬物兵の拳は砕け、骨が飛び出し、二十発が終わる頃には、すっかり腕が上がらなくなっていた。
「意思がない割にはようやった!」
二十一発目。
グレイの拳がその薬物兵の顔に着弾し、頭部を吹き飛ばした。
敵を破壊しながらグレイは思う。
妙に動きが鋭く、力の強い敵であったと。
素体となった人間が強かったのか、それとも何かあるのか。
ぼんやりと浮かび上がっている魔法陣をじろりと睨みつけると、なんとなく先ほどよりも色が濃くなっているようにも見える。
グレイが大物と戦っている間に、ロブスの方も数人を倒したようである。
グレイも引き続き、近くに居る者から手あたり次第滅し続ける。
時折周囲の状況を確認して分かることは、ジグラが相変わらず玉座でへらへらと笑っていることだ。はたして操られているのか、それとも、頭のおかしい奴なのか、判断はつかぬままグレイは敵を倒し続ける。
随分と数が減ってきて、残るところあと五人くらいになったところで、グレイはあることに気が付く。
段々と戦っている敵が、丈夫に、そして力強くなってきていることに。
最初は強い奴が紛れ込んでいたのか、くらいに思っていたのだが、明らかに後に相手にしている者ほど、丈夫で力強いのだ。これは技術ではない。おそらく何らかの強化がされている。
グレイに三人の薬物兵が一斉にとびかかってきた。
一人を殴り飛ばし、もう一人を蹴り飛ばし、もう一人取りついてきた奴の顔面を左手で鷲掴みにして破裂させる。
仕留められたのは一人だけ。
最早魔法を使わねば頭部を破壊できぬところまで敵が丈夫になってきていた。
これはまずいかとロブスの方を見ると、こちらも中々苦戦していた。
何度も何度も頭部に武器を叩きつけているのに、形が少しばかり変わるばかりで全然致命打になっていない。それでも相手からの大ぶりの一撃を躱しながら攻撃を繰り返し続けるロブスは流石だ。
時間をかければ倒すこともできるだろう。
とにかく、グレイのやるべきことはクルムの方に敵を向かわせないように、全員を屠ることである。
再び拳を構えたその瞬間、後ろから鋭く「危ない!」という声が響いてきた。
目の前に迫る敵の頭部を蹴り、破壊して一瞬振り返る。
そこでグレイの目に映った光景は、ロープを力づくでちぎったオブラ侯爵。
そして、その首を剣の一振りで断ち切ったメナスの姿であった。