常に吹きこぼれずにぽこぽこと気泡を発する程度に熱された大釜。
その部屋ではローブにフード姿の怪しい何かが動き、腕を振り上げると、死体が勝手に歩きだして、大釜の横にある階段を上り、そのままぼちゃりと中に身を投げる。
グレイは遠くからその光景を見ていて、舌打ちを一つして歩みを速めた。
ああしてきっと、王都に術の力を供給しているのだ。
ローブ姿の何かがグレイの存在に気付いたのは、おそらく丁度その頃であった。
なぜなら、通路の行く末がアンデッドでふさがれたからだ。
ここの奥の部屋は死体で満ちている。
アンデッドを直接操るのは訳ない。
そしてそれを操っているローブの気配は、間違いなく【人形遣い】のものに違いなかった。
アンデッドの通行止めなど今更だ。
グレイの歩みを止める役になど立つわけもない。
これまでグレイが事あるごとに行ってきた通り、首を引っこ抜き引っこ抜き先へ進んでいくと、今度は大鍋から白骨化したアンデッドまでが襲ってくる。
すっかり煮込まれたそれの首を手首で払う動きだけで粉砕したグレイは、そのまま大鍋を蹴り倒したかと思うと、丁度いい火力を提供し続けていた魔法陣を踏み消し、その上を歩いてローブ姿の【人形遣い】の元までたどり着く。
言葉はなく、拳が振るわれた。
大きな、そして硬い拳が頭部を撃ち抜くと、ふわりとフードが揺れ、引きちぎれ、ばさりと床に落ちた。
手ごたえはない。
それでもフードを失ったローブはふわりと宙に浮かぼうとする。
それを人の形と成しているのは、怪しい青い炎のような揺らめきでしかなかった。
『相も変わらず不敬で粗暴な輩よ』
そう話している途中に、グレイはローブに向けて蹴りを放ち、直撃の瞬間に足先で魔力を破裂させた。
ローブが吹き飛び、そこに残ったのはやはり青白い炎のような揺らめきだけ。
それは小さく、サイズ的には丁度【人形遣い】のサイズであり、それの口元辺りが揺らめくことで、空気が震え、声が生成されているようでもあった。
『私はついに、十分な命を贄、に捧げることで、こうして身体なき、至高の存在へと、進化を遂げ、たのだ。あぁ! 鬱陶し、い。やめんか!』
声が発せられている間も、グレイは時に拳を、時に蹴りを、時に魔法を繰り出してその青い炎を消滅させんと試みる。まさに問答無用を地で行くところだが、それはただただ言葉を一時的に遮らせる程度の効果しか生まなかった。
「先生、それは……?」
「……下らん腐れ婆が、勝負から逃げ出したらしい」
『ほう、ただの愚かな男ではないか。この崇高たる姿が何であるか理解しているか』
浮かぶ青白い炎は楽しそうに声を発する。
グレイはこの姿に一つだけ思い当たる節があった。
なぜかと言えば、似たようなものを別の場所で見たことがあるからである。
「ノーライフキング、なんて冠を被せれば仰々しい。生にしがみついた人の搾りかすじゃ。一人じゃ何もできんゴミ。アンデッドを操ることしか能のない無能。殺される前から勝手に死んで儂らを待ち構えていたんじゃろう。死んでなお連敗続きのエターナルアンダードッグじゃ。さっさと滅びよ」
『無礼者がぁあ!』
周囲の死体が動き出し、クルムたち一行に襲い掛かるが、あっさりとそれは首を落とされてそのまま動かぬ骸に変えられていく。
「馬鹿がぁ! 呪い谷のリッチにでも憧れたか!? あ奴が強いのはなぁ! 魔物の群れを統率し、広範囲を支配下に置く魔力があってこそじゃ! そして、特別強い魔物に乗り移り! その体を使っているからこそ強いだけじゃ!」
全てを蹴散らしたグレイは、再びぎろりと青白い炎を睨みつける。
「人の暮らす街でリッチになったからといって、儂より強い者などおらぬ。お主が勝利する未来は絶対に来ない」
ふわふわと浮かんでいるリッチは、しばらく黙っていたかと思うと、急にゲラゲラゲラゲラと笑いだした。それはどこか狂気じみた笑いであり、形無き魂の姿であるくせに、転げまわるような動きをしているのが、滑稽であり不気味であった。
『そんなことは知っている。分かっている。百も承知だ。私にはあてがある。私は待つ。待つぞ、ひたすらに待つぞ。グレイ=アルムガルド。エルフ撲滅計画を邪魔してくれた生意気な小僧。思えば呪い谷の竜食山浸食を邪魔したのもお前だった。王位簒奪からのジワリとした計画も邪魔された。しかし不完全ではあるが、私は王の血を生贄に捧げ、人を山ほど生贄に捧げ、計画を進行させた。今度こそやってみせたぞ。仕上げは待つだけだ。お前の身体、最も強き器を手に入れるまで待つだけだ。お前も所詮は人。老いには勝てぬ。いつ死ぬ? 十年後か? 二十年後か? 私は待つぞ。お前が死ぬのをじっと待つぞ』
「気色のわっるいストーカーじゃのう!」
グレイはそう声を上げたが、聞いていた周りの面々はぞっとした。
この【人形遣い】のリッチは、今の形態では確かに何もできないのかもしれない。
しかし、グレイの肉体を手に入れたらどうだ。
その戦闘能力だけを継承する能力を持っていた場合はどうだ。
冗談では済まされない。
「先生、これを、倒す方法は……?」
「知らん! しかしどうせ死体を操ることしかできん! 引き続き死体の頭は潰す。こいつの言うことなど無視じゃ、無視。力の供給源は断ったように思うが……あまりにもあっさりしすぎておるから、正直なところまだ分からん」
グレイはじろりと【人形遣い】のリッチを睨むが、それはゲラゲラと笑うばかりで何のヒントも与えてくることはなかった。
敵なのだから当たり前のことだが、そのひたすらに鬱陶しいだけの姿に、グレイは盛大に舌打ちをして、もう一度効くわけもないのに頭部らしき場所に蹴りを叩き込むのであった。