【人形遣い】はリッチと化し、その肉体を失った。
それはすなわち、これ以上追跡しても何の意味もないということだ。
グレイが踵を返して歩きだすと、その後ろから【人形遣い】がついてくる。
『おお、尻尾を巻いて逃げるのか。何もできぬのだな!』
「鬱陶しい、話しかけるな」
『……逃がすと思うなよ』
霊体化している【人形遣い】が何事かを唱えようとした瞬間、その音声が発せられていると思われる頭部辺りを、グレイの拳が貫通する。
詠唱を無理やり止められた【人形遣い】は、青い炎のような体を揺らめかせてから、少し距離を取り、空中で再び詠唱を開始。
しかし直後にその頭部にグレイが石つぶてを投げつけて妨害した。
グレイは「さっさと行け」と言ってクルムたちに来た道を戻らせる。
『……煩わしい!』
「糞婆が、ざまぁみさらせ。まだその姿になってから魔法を行使することに慣れていないんじゃろう? なりたてほやほやの魔法使いなんぞ、儂の相手ではないわ! 肉体があった時の方がまだ面倒じゃったわ、ばぁあかが!」
グレイは煽り散らしてからゲラゲラと笑い、そのまま【人形遣い】を無視して早足に歩きだす。
『覚えていろ! すぐにそのようなことを言えなくしてくれる! 必ず後悔させてやる! その体、精々大事に使っておくのだな……!』
「気色悪いわ、糞婆が。あと数日もすれば未練があろうがなかろうが、この世から完全に消し去ってやるからな! 精々余生を満喫しておくが良い!」
先に行った仲間たちをグレイが追いかけると、【人形遣い】はその場に残って背中を見送る。
グレイの言う通り、確かに特別使い慣れた魔法以外がうまく使えなくなっていた。
堂々とそれを言ってのけたグレイの態度を見て、【人形遣い】は一つの答えに思い至ったのだ。それは、おそらくグレイがこれまでにも、なりたてのリッチと戦ったことがあるようだということだ。
下手に追いかけ回してもいいことはない。
あちらもこの場で戦っても排除できないのであろうから、ああして逃げ出したのだ。ならば自分も生前の術を取り戻すことに時間を使うべきだ。
仮にも【人形遣い】はかつて史上最高の魔導士と呼ばれたエルフである。
もう百年以上も暗躍ばかりし続けて腕がなまっているとはいえ、ありとあらゆる魔法を修めている。
リッチとなった今、魔力は人であった時分よりも潤沢に使うことができる。
魔法の勘さえ取り戻せば、真正面からでもグレイを打ち破ることができる。
そうすれば、グレイの異様に強い肉体を利用、あるいは使役しつつ、リッチとして勢力をますます広げていくことができるはずだ。
そう、例えば呪い谷のリッチがあの不死竜を従えているように。
【人形遣い】は不安を跳ねのけてゲラゲラと笑う。
王宮中に響くかのような大きな声でとにかく笑う。
それは、リッチになってなお不安を与えてくるグレイに対する威嚇であり、それを乗り越えんとす自分に対する鼓舞でもあった。
「先生、どうするんです?」
「何がじゃ? まずはあれじゃ、フィデスを拾って、王宮の東へ向かう。糞貴族によれば、アハーバ王国からやってきている公爵は死んだ。糞貴族もさっきメナスに首を切り落とされた。【人形遣い】はリッチになっている。敵の頭はもうみんなどうにもならん。王宮を探索する意味はなくなったのだから、生きてる者を回収して軍に合流じゃろ」
きわめて理路整然としていた。
何かめちゃくちゃな案が出てくることが多いので、ここからもリッチ打倒のためのそれが飛び出してくるとばかり思っていたクルムは、逆に面食らってしまった。
「それは……その通りですが。リッチはどうするのですか……?」
「知らん! 分からん! リッチなんてどうやって殺すんじゃ? おい、スペルティア、リッチの殺し方知っとる?」
「なんか、聖女とかが頑張ったらいい。多分」
「つまり分からんってことじゃな」
「分からなくない。今忙しい、あとで」
「分からんってことじゃな」
「話が通じない。馬鹿」
リッチなんてそうそう出会うものではない。
この世界で観測されているリッチは、歴史上もたった一体。
呪い谷のそれだけである。
【人形遣い】はあまりに自信たっぷりであったグレイを見て勝手に勘違いをしたようだが、グレイの方は何も考えずに、ただイラついて煽り散らしただけだ。
いつも通りであるが、グレイをよく知らない【人形遣い】からすれば、その態度が自信にしか見えなかったのだろう。
帰り道にも数体遭遇した薬物兵を撃退して、ようやくフィデスが待つ部屋に辿り着くと、グレイはそのまま障害物として置いておいた棚を蹴り飛ばして部屋の中に入れるようにする。
乱暴な行動全般が、【人形遣い】をぶち殺すために溜めておいた有り余る力の発散と八つ当たりであった。
この老人は、王宮においてある物など皆壊していいと思っている。
「フィデスさんは!?」
部屋の中に先に入ったのは、メナス。
続いてスペルティアとクルムが中へ入るが、フィデスはうつむいたままである。
「……手遅れじゃったか。仕方あるまい、約束通り頭をぶっ潰して……」
「生きてる……勝手に殺すな……」
物騒な言葉が耳に入って来たのか、フィデスが血の気を失って真っ白になった顔を上げた。
「治す」
スペルティアが近寄り、治癒魔法をかけ始めると、メナスがそれを護衛する。
その最中に、ふっとジグラが目を覚まし「ここは……?」と呟いた瞬間、ロブスの拳が閃いて、その首筋をぼかっと殴りつけて沈黙させた。
「何を……?」
「あ、今起きても邪魔で足手まといなんで」
クルムが思わず尋ねると、ロブスはけろっとした顔でそう答えるのであった。