「疲れた」
目の当たりにしたのは奇跡だった。
人の足が形成されるのだからグロテスクな光景が展開されているはずなのだが、肝心の治っている先端部分は光り輝いていてよく見えないものだから、より現実味がなく、奇跡のように見える。
フィデスの足は、光に包まれたまま、完全に元の形を取り戻した。
肌はこの数分で完全に健康な色を取り戻し、全身には力がみなぎる。
「これが、神の御業とも言われる、スペルティア様の治癒魔法か……」
長年オブラ侯爵に仕えてきたフィデスはスペルティアの能力も、その噂も知っている。
「疲れた」
そう言って差し出された手に、フィデスの目尻がひくついた。
神の御業に悪魔の拝金主義。
「支払い」
「…………持ち合わせはこれしか」
差し出した小銭の入った袋をパッと奪い取ったスペルティアは、その中身を確認してから、端正な顔を歪めて眉間にしわを作った。
「全然足りない」
「りょ、領地へ帰れば……」
「待ってる間にどんどん増える。一日で一割。複利あり」
「しかし、ないものは……」
「どんどん増える、どんどんどんどん増える」
スペルティアの目がカッと見開かれて、首が横に倒されて「どんどんどんどんどんどん増えるどんどんどんどんどんどん……」と呪文のように繰り返される。
重要参考人となるであろうフィデスが、自領に帰ることができるのはいつになるかわからない。つまり、払える見込みは限りなくゼロに等しいだろう。
「や、やめてくれ! どうしたらいいのだ!」
立派な武人であるフィデスは、人に借りを作った状態が耐えられない。
まして借金をしたまま死んだなどとなれば末代までの恥と思うタイプだ。
思わず悲鳴もでる。
スペルティアの口がぴたりと動きを止め、首の位置が元に戻る。
「毎日働いたらいい」
「ど、どういうことです」
「私様の護衛をした日は利息を増やさない」
「し、しかし、私はオブラ侯爵に仕えている身……!」
「どんどん増える。どんどんどんどん……」
「あ、オブラ侯爵なら死んだっすよ」
「な、なに!?」
スペルティアの『どんどん』という言葉をかき消すように、フィデスは大きな声を上げた。言われて見てみれば先ほどオブラ侯爵がいたはずの場所にいるのはジグラだ。
同じようにロープでくくられていたので、先ほどまでの霞んだ目では気付かなかった。
「ジグラ王子の前に出たところ、薬物兵化して縄を引きちぎりクルム様に襲い掛かったので、首を切り落としました」
「……そうでしたか」
子供のころからオブラ侯爵を知っているフィデスとしては、深く思うところがあるのだろう。酷く渋い表情で拳を握り、ため息を吐いた。
しかしその横で「どんどんどんどん」とスペルティアの呪文が続いている。
「ええい、やかましい! 少しは主を失ったばかりの私に気を遣えないのですか!?」
「嘆くのは一人の時でもできる。今は私様の護衛をするかどうか決めるべき。色々と忙しい。人が死ねばアンデッドになる。何とかしなければずっと続く。それが君の、君が仕えたオブラ侯爵の望み?」
「馬鹿な。野望はあったとはいえ、閣下は貴族としての誇りは持っていました! こんなふざけた事態を望んでいたわけがないでしょう!」
「では決める。今すぐ決める」
スペルティアとて常にふざけているわけではない。
人が死んでアンデッド化し、それが人を襲うような環境がそのままでいいとは思っていない。ふざけているようであるが、一刻も早い呪いの解除が必要だと考えているのだ。
フィデスは怒りを床にぶつけるようにして荒々しく歩き出すと、三叉の槍を拾い、その石突でドンと床を叩いて割り、ぎりぎりと奥歯を噛みしめながら吠えた。
「義によって、スペルティア様の護衛をさせていただきます! 決して金のためではない! これはオブラ侯爵閣下の名誉を守るためでもあります!」
「なら利息はつける」
「それは困ります!」
堂々と返事をしたフィデスに、ロブスが「ははっ」と笑った。
老人の必死の返答が面白かったらしい。
吹き出しそうになるのを必死にこらえたクルムは、つられて笑いそうになってじろりとロブスを見た。
「ほれ、行くぞ」
グレイがクルムを横につけて歩き出すと、変な顔をしながらついてきたフィデスが口を開く。
「……本当に私を信じるのですか?」
「人の名誉を口にして裏切るようなカスならば、儂の見る目がなかったということになるのう」
嫌な言い回しであるが、それはグレイが武人であるフィデスの精神を認めているということでもあった。
自分よりも強い武人に認められて嬉しくない武人はなかなかいない。
フィデスは改めて「ぐぬ」と唸ると、そのまま変な顔をして走り続けることになるのであった。