騎士団の訓練場が一番凄惨な状況であるのはいうまでもなく、王宮内部はどこへ行っても死体かアンデッドか薬物兵がいるという、酷い状況である。とても心休まる場所がない上に、奥にはまだリッチと化した【人形遣い】が陣取っている。
クルムは合流した首脳陣と相談すると、まずは兵士たちを王宮内から撤退させた。
王宮内にこれだけ薬物兵やアンデッドがいたということは、この中のどこかで、【人形遣い】が何らかの儀式を行ったことで、皆がその状態になったということだ。
このまま滞在して連れてきた兵士たちを乗っ取られてはたまったものではない。
クルムはすぐに指示を出して、王宮の門を外から閉鎖し、残っているアンデッドや薬物兵が出てこられない状況を作り上げる。王族骨肉の争いを知る者は、皮肉を込めて王宮のことを魔窟と呼んだものだが、今はまさにその名の通り魔窟となり果ててしまったわけである。
兵士たちは王宮を取り囲みつつ、東門、北門、西門を守り、休息はそれらを繋ぐ大通りでとられる。これは王都がクルムたちの勢力に取り戻されたというアピールであるとともに、未だ街中にうろついているアンデッドたちへの対策でもある。
【人形遣い】がリッチと化したのは、おそらく直前のことではない。
薬物兵化が食事に混ぜ物をしたり、何か術を使って能動的に発動する呪いだとすれば、アンデッド化は、人が死んだときにだけ発動する受動的な呪いだ。
また、薬物兵が死んだ後にアンデッド化した事例や、これだけ広域に展開されていることを考えると、【人形遣い】がやったのはその準備と発動までであり、今は自然に効果をもたらし続けていると考えるのが無難だ。
顔を出した街の人には、まだ戦いが終わっておらず、人が死ぬとアンデッド化する呪いが継続していることも兵士から伝えておく。
本来は街中を回ってそれを布告したいところなのだが、その指示を出す前にまずは作戦会議だ。王宮正門前の広場に本陣を構えたクルムは、首脳陣が集まるまでの間に、ジグラと向き合う時間を設けることにした。
立ち会ったのは王の子供たち。
ヘグニとセルルト、ルミネ、ハップス、ケルン、ファンファ、クルム。
クルムとグレイが出会った頃には全員が敵であり、いずれは殺し合う定めにあった者たちだ。
そのはずなのに、今はクルムを中心にしてその場に集まり、ただ一人、ジグラだけが縛られて地面に寝かされている。
グレイは容赦なくジグラの胸倉をつかみ、体を起こすと、その頬を張り倒して、衝撃によって目を覚まさせる。この老人は王族を敬おうなんて気持ちはさらさらないし、今この瞬間に目を覚ませばいいだけで、その後どんな後遺症が残ろうがどうでもいいと思っている。
最終的に生かして終わるわけにはいかないことを思えば、間違っていない態度なのかもしれないけれど、あまりにも乱暴であった。
ただその乱暴に驚いているのは、まだ慣れていないヘグニだけである。
目を覚ましたジグラからグレイがパッと手を離す。
ジグラは膝をついて何が起こったのかと周囲を見回していたが、やがてへらっと笑って「兄弟姉妹の皆さん、お揃いで」と口にした。状況を理解してなおそれだけの態度を取ることができるのだから、大したものである。
ただ、それに腹が立ったらしいグレイがジグラの背中を蹴り倒して、顔面から地面にダイブさせる。それからその背中に膝を乗せると、指を一本パキリとへし折った。
「何を……!」
その蛮行と痛みにうめくジグラを見て、思わずヘグニが立ち上がったが、グレイは平然とした顔をしていた。
「どうせこ奴には吐いてもらわねばならぬことが山ほどある。ならば最初に立場をわからせた方が良いじゃろう」
「確かにそれはそうですが、先に少し話をしてもいいですか?」
「確かにそう……か。言うね、クルムも」
指をへし折られ、冷や汗を流しながらも、ジグラは余裕の表情を崩さずに減らず口を叩いてみせた。
へらへらと笑っているのを見てグレイは余計にイラついたが、クルムが言うので仕方なく襟首をつかんでもう一度座らせてやる。
「屑の話を聞いても胸糞が悪くなるだけじゃぞ」
「それでもお願いします。きちんと話をする機会も、これが最後になるでしょうから」
そのために人払いをしているのだ。
王族の恥は王族の中だけで。外に知られていいことなど何もない。
クルムを中心に集まっている兄姉たちも、クルムの一言一言に重みを感じていた。
情報を得るためにはジグラを痛めつけるのを当然と考えていること。
兄であろうと何であろうと、恩赦を下すつもりが一切ないこと。
それは当然のことでありながら、中々に覚悟が必要なことであることを、その場にいる皆が理解していた。
「さて、ジグラお兄様。こんな形で再び話をすることになるのは非常に残念です」
「僕も残念だよ。もう少しでハルシ王国は僕のものだったかもしれないのに」
「本当にそう思っているのですか?」
「君たちが戻って来ずに、ヘグニ兄上をこっそり殺せていれば間違いなくそうだったからね」
へらへらとした態度は、とても王を望んだ者の姿には見えなかった。
どこか人を馬鹿にしたような、妙な苛立ちを覚えさせる態度に、クルムのみならず数人が眉間にしわを寄せる。