クルムやハップス、ルミネ辺りが眉間にしわを寄せる中、違和感を覚えていたのはヘグニとセルルトであった。二人は昔からジグラのことを知っているものだから、この投げやりな態度を彼らしくないと思ったのだ。
特にヘグニは、直接しばらく話をして、そろそろ帰ろうかという時に拘束をされている。
「……ジグラ。お母上はどうされた?」
「避難されていますよ」
一瞬のためらいもなく返事があった。
「どちらに?」
「場所なんて漏らすわけがないでしょう、やだなぁ」
「レッズ公爵はお亡くなりになったそうだな」
セルルトがヘグニの言葉を引き継いで、じろりとジグラを睨みつける。
オブラ侯爵家陣営も、元々はジグラ陣営のことを警戒していた者だから、その情報はある程度持っている。
「そうですね、叔父上は亡くなられました」
「お前の母親は、レッズ公爵への依存が随分と強かったように思うが?」
「だからなんですか? 関係ありませんよ」
「本当に避難しているのか?」
「していますよ」
「お前を置いて?」
「子供じゃないんですから」
淡々と質問を繰り返すセルルトをクルムは止めなかった。
クルムはジグラ陣営に関する情報をほとんど持っていない。
だからこそジグラの弱点も、何が有効なのかもわからない。
「お前の母親が、お前を置いて逃げるわけがないだろう」
「何を知っているというのですか。僕が避難しておくように言えば、それくらい言うことを聞きますよ。少なくとも少し前まで、僕はハルシ王を名乗っていたのですから。母はそれで満足していましたからね」
「間もなく失われると分かっていたのに?」
「どうして失われると分かっていたと? あの人にそんな判断能力があるわけがないでしょう」
それは血のつながった母に対して、少しばかりとげすらある言葉だった。
セルルトはしばらくジグラとにらみ合っていたが、やがて首を横に振った。
「私の見る限り、王都でクルムが優勢になったと判断されたのはここ数日のこと。脱出経路である北門、東門はこちら側の勢力が塞いでおり、西門に関してはオブラ侯爵家の勢力が塞いでいた。となると、どこから避難をする? 王宮に残っていたほうがまだ安全だ。今のような……薬物兵やアンデッドだらけになると知らなければ」
「何が言いたいのですか?」
セルルトは黙り込んだが、ちらりと横にいるヘグニを見る。
するとヘグニの方が口元を押さえながら呟いた。
「……まさか、亡くなられたか?」
「馬鹿な」
否定が早かった。
それが何よりヘグニの言葉を肯定しているようであった。
「……お兄様方は随分と、ジグラお兄様の母上のことを気にされていますが、そこに何かあるのですか?」
「何かあるも何も、ジグラが王位を望む理由は、その母がいたからこそだと、私は思っている」
「アハーバ王国のレッズ公爵は、現国王の叔父だ。その妹にあたるジグラの母親は、アハーバ王の叔母にあたる。ただし、オブラ侯爵家が権勢をふるい、ヘグニ兄上が王位を継ぐことがほぼ確定したハルシ王国へ寄越された、半分見捨てられたような存在であったが」
ヘグニの言葉を、セルルトが冷たい言葉で補足したが、ジグラは素知らぬ顔をしている。それは本当に何一つとして、母親のことなど気にしていないように見えた。
「ジグラは……そんな母親のために王位を目指していたはずだ。自身を捨て駒だと思えずに、後援も大してない中、ジグラが暗躍し続けたのは、そのためであったはずだ」
難しい顔をして呟くヘグニの言葉を聞いて、クルムは首を傾げた。
「そうだとすれば、あの反応はおかしいでしょう」
「だから、亡くなられたのではないかと……」
クルムは目を細めて考える。
それがジグラにとってどういう意味であるのかを。
◇
ジグラは幼いころから母親によくよく言い聞かされて育ってきた。
王になるのだと。
ハルシ王になって、祖国であるアハーバ王国の役に立つようにと。
そのためにジグラの母は、マメにアハーバ王国に連絡をして、無理やりにジグラの教育のための資金を調達した。
成績が良ければ褒められたし、悪ければ厳しく咎められた。
それが当たり前であったし、ジグラ自身もそれこそが自分の生きる道だと思っていた。
しかし高度な教育を受けつつ成長するにつれ、敏いジグラは自分が酷く不利な状況に置かれていることに気付いた。自分が正当に努力をしたとて、真っ当な手段で王位に就くことはまず不可能であろうと悟り、ではどうしたらいいかまでを思いつくことができてしまった。
他の王位継承争いの参加者を陥れて、時に無理やり味方に付ける。
そしてそれは、母によって肯定されてきた。
母が一番であり、母のために王位を目指しており、いつの間にか母の目的こそが自分の目的になっていた。
ともに歩いているつもりでいた。
しかしジグラが違和感に気付いたのは、周囲をレッズ公爵がうろつき始めてからだった。