「自暴自棄、ですか?」
「馬鹿な……そんな、子供じゃあるまいし……」
この中ではぎりぎりまで子供っぽいふるまいをしていたはずのケルンが、思わず顔をしかめてそんなことを呟いた。
だが、意外な人物がそれに反対意見を述べる。
「ま、色んなことがどうでもよくなることってあるからのう。儂もこんな国滅んでもいいと思ったことあるし」
グレイであった。
小指を耳に突っ込みながら、苦々しい表情を浮かべている。
「……これは、意外なところから援護射撃を貰ったものだ。ははは」
一方で余裕の表情を浮かべて笑ったのはジグラである。
先ほどついでとばかりに折られた指は、間違いなく熱を持って痛むだろうに、平気そうな顔をしている。
「その結果儂は三十年王都を追放され、暗殺者を散々送られたんじゃが」
「なるほど、では僕もそうされるべきか。話すことはない。殺すなり、罪を明らかにして、民衆から見えるように処刑するなりすればいいだろう」
クルムは思わず黙り込んだ。
その覚悟に面食らったわけではない。
ジグラが堂々とそんなことを言ってのける心境についての考察をしていたのだ。
「……そんなことを言わず、すべて話してみませんこと? 誰にだって過ちはありますし、そのまま命を落とすのが正しい選択とは思えませんの」
ファンファがジグラに語り掛けるが、ジグラは肩を竦めて笑っただけだった。
ただ、その瞬間に指に痛みが走ったのか、一瞬顔をゆがめたくらいである。
「大事な人もいない。大事なものもない。だから未練もない、ということなのかしら?」
ルミネの呟きは的を射ているようであった。
ただ、それでも納得のいかないクルムは、更に少しの間黙り込んでから、首を捻って口を開いた。
「先生」
「なんじゃ、殺すか?」
「いえ、殺しません。死なないように拘束してください。自死もできぬようにお願いします」
その瞬間、ジグラは目を剥いて立ち上がり、そのままクルムの方へ突っ込んでいこうとしたが、すぐにグレイに襟首を掴まれ、その首筋に一撃を加えられて意識を奪われた。
「クルム、どういうことだ?」
ハップスが目を細める。
クルムの指示を聞いた瞬間に、そこまで余裕の表情を崩すことのなかったジグラが暴れ出した。
「……ジグラお兄様は、玉座に座っている時も、腕から血を流して、放っておけば死ぬような状況でした。スペルティア様が同行していなければ、間に合わずに死んでいた可能性があります。つまり、死ぬことを恐れていません。というよりも、死ぬことが目的であった恐れすらあります」
クルムが話をしている間に、その辺から綺麗な布を貰ってきたグレイは、ジグラの口の中にそれを突っ込んで、更にその上から猿轡を噛ませる。
ついでに足もしっかりと縄で縛りつけてそのまま地面に転がした。
喋ることも死ぬこともできない。
苦しいかもしれないが、そんなことは知ったことではなかった。
「先生、スペルティア様を呼んでいただけますか? 呪いについての相談がしたいのです」
「それならすぐそこにおったぞ。おーい、スペルティア、こっちへ来い」
グレイが大きな声で呼び出すと、当然のような顔をして天幕の向こう側からスペルティアが姿を現す。
「話終わり? 呪いの発動媒体についての話がしたい。その確認をジグラ王子に……しようと思ったけど、これは?」
「すみません。ちょっと心配があるので今は自由にするわけにはいかなくなりました」
「ああ、そうか。うん、賢い。クルム王女はグレイと違って賢い」
「なんでわざわざ儂を引き合いに出した」
「グレイだったらさっさと殺しそう」
「殺さんわ」
嘘である。
先ほど殺していいかどうかの確認をしていたところだ。
「それで、呪いの発動媒体というのは?」
「ああ、呪いの発動には、媒体が必要。それはより強いものであったり、知名度の高いものであったり、恐れられているものであればよりいい」
スペルティアはさらりと呪いについての説明を始める。
「それから、呪いを受ける対象が、より嫌な印象を受けるとなおのこと良い。むしろその後押しこそが、呪いの本質。そうでないのに発動している今の状態は、よほど【人形遣い】の腕が良くて、媒体が良いことの証明」
「それは、そうなのでしょう。その話からすると、私たちは媒体を見つければ呪いを解除することができるのですよね?」
「できる。だけど見つけるのはきっと大変。きっとそれは、王都を取り囲むようにして、細かく埋まっているから」
クルムたち王子王女は、なんとなく嫌な話の流れを感じながら、スペルティアの言葉の続きを待つ。
「多分、その媒体は王都だからこそ余計に強力な呪物となっているはず」
「まどろっこしいのう。何を見つければいいんじゃ」
「ルアーノ王のバラバラ遺体。ハルシ王国の国民に最も顔を知られていて、最も恐れられていて、最も雑に扱ってはならないはずの呪物」
思わずクルムたちは口を閉ざした。
そんな中、スペルティアはさらに続ける。
「だからジグラ王子を殺さなかったのは正解。それは呪いを強化させる、処刑なんてもってのほか。クルム王女は賢い」
嫌な予感が当たったこと自体は良かったクルムであるが、褒められてこれほど嬉しくなかった瞬間もまた、これが初めてであった。