クルムは全ての質問に的確に答えたが、その中で意味のあるものとないものを切り分けた。この瞬間に必要な問いなのか、それとも自己保身のために我慢できなくなった問いなのか。それを明確に分別していく。
やがて全ての質問に答えた頃には、外はすっかり日が傾き始めていた。
「さて、今日はここまでとしましょう。明日から街全体に遷都のことを布告。有識者による話し合いを行い、近辺に新たに作る都市の場所を定めます。各々体には十分気を付け、アンデッド化が広まらぬようにしてください。では、騎士と要塞軍の者が安全に送り届けますので、案内に従うように」
それだけ話をすると、クルムは台の上から降りて、改めて裏側の話し合いの場へ向かう。どっと疲れているが、まだ気は抜かない。
ただ、人から見えなくなったところで、クルムはグレイに声をかける。
「先生、教育係として爵位を貰うとかしなくてよかったんですか?」
「何度も聞くでない。いらん、そんなもん。腹の足しにもならん。」
グレイはすげなく断った。
これで三回目の辞退である。
グレイ自身が貴族に未練など一つもなかったし、慣習に縛られるのもまっぴらごめんであった。
給金は十分に貰っているし、何より貴族になったら国の、王の部下である。
それはなんだかちょっと気に食わない。
「腹の足しにはなりますけどね」
土地と金が手に入るのだから、当たり前のことだ。
つまらなそうにつぶやくクルムに対して、グレイは苦い表情で答える。
「人というのはな、一度欲すると際限なく欲するもんじゃ。足ることを知るのも人生というもんでのう……」
「本当は貴族の責任が面倒なだけでしょう?」
「当たり前じゃろ、儂を誰だと思っとるんじゃ」
クルムに図星を突かれたところで、グレイは完全に開き直った。
後ろで聞いていたハップスが何を言っているのだかとため息を吐き、ファンファがくすくすと笑っている。
裏側の会議所のようなところに集まると、そこには椅子がぐるりと並べて置いてあった。その中の一つにクルムが座ると、グレイも、戻ってきた兄姉たちも腰を下ろし、やがて今回の件に関わった首脳陣が皆改めて一堂に会する。
増えた面子と言えば、パクスと、ヒストル大臣くらいなものだ。
「さて、本格的にこれからのことを決めていきましょう」
「そうね。クルムは……陛下は」
ファンファが少し考えてからクルムを呼ぶ名前を変更した。
仲がいいとはいえ、公の場でこれまで通りに呼ぶのは違うと判断したらしい。
ファンファがそれをしたことにより、他の兄姉もそうであったと、クルムが王であることを自然に心に刻み込む。
「随分と色々考えてたみたいだし、まず考えをお聞かせいただきたいところなのですが」
「はい。概ね先ほどお話しした通りです。行政機関自体は、〈リガルド〉へ移し、私はそちらを本拠地とします。もちろん、こちらと行き来しながらになりますが。ただ、この遷都はあくまで一時的なものです。いずれはこの王都へ戻ってくることが前提となっています。そうでないと、国全体を見渡すのが難しくなりますので。……そうですよね、ファルボド子爵?」
「……仰る通りかと。その間の北東方向の守りには全力を尽くさせていただきます」
国の北西方面にある〈リガルド〉へ都を移すと、これまでより王国内の東方面への監視が緩くなることは間違いない。
その時動き出すものがいるとすれば、間違いなくファルボド子爵である。
ここであらかじめ名前を告げておくことで、諸侯にも改めて、クルムがファルボド子爵の動向に注目しているということを印象付けたわけだ。
「そう言っていただけると安心です。ベゼルフッド辺境伯にも世話をかけると思いますが、東のアハーバ王国への睨みをどうかよろしくお願いします」
「お任せ願いたい」
こちらに関しては、本当にただただクルムとしては頭を下げるばかりである。
今回の件もこのまま終わらせるつもりはない。
少しずつアハーバ王国には圧力をかけて、いずれは今回の件の責任を取らせるつもりである。もちろん国益が最優先ではあるのだが、報復が何もないようでは諸国に馬鹿にされかねない。
そのためにも、信頼できる味方として、ベゼルフッド辺境伯とはよくよく連携を取っていくつもりである。
「この王都の近くに築く新たな街の建築には、ヘグニ兄上とセルルト兄上に指揮を執っていただきます。その街には、騎士団を駐留させ、騎士団長と共にハップス兄上に治安を守っていただきましょう。騎士団には他にも、この王都を定期的に見回りする役もお願いします。今のままでは人が足りないでしょうから、増員を図りましょう」
三人の兄がそれぞれ神妙な顔で頷いた。
特に、ヘグニとセルルトに関しては、なし崩しで味方になったような形だ。
クルムは後でしっかり話をするつもりでいるけれど、現時点ではなぜそんな大役を任されたのか、理解に苦しんでいるところである。
「ルミネお姉様も、こちらの街に残っていただきます。大聖堂が使えない間、もう一つの街に仮の聖堂を作り、各地から聖者を集めていただきたいのです。リッチや呪いの突破に必要になるかもしれませんので」
騎士団が街に残るのだから、当然ルミネも街に置いておかないといけない。
副団長のジグとばらばらにしたら何をしでかすか分かったものではない。
「そして私と共に〈リガルド〉へ行くのは、ファンファ姉上とケルン兄上になりますね。ケルン兄上には、色々とお願いすることも増えると思います」
「……俺に、ですか?」
「はい、ケルン兄上にです。頼らせてもらっていいですね」
ケルンはぐっと口を噤みしばし拳を握っていたが、やがてごくりとつばを飲み込んで顔を上げ、クルムの顔をまっすぐに見つめた。
「……俺にできることであれば」
「ありがとうございます」
大事な話はまだまだ続く。
王位を継承したからと言って、全ての問題が解決したわけではないのだから。