転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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54話 しみこむ毒

 いよいよ明日はパクス商会に顔を出すことになるという日。

 いつもはクルムの部屋にやってきていたファンファから、いつも悪いからと茶会に誘われてしまった。

 絶対にこのタイミングで何かを仕掛けてくるのは分かり切っている。

 クルムがどうやってお断りをしようか悩んでいるうちに、朝のグレイとの訓練が終わってしまった。

 

「集中しておらんかったな」

「すみません」

「儂が見ているから良いが、一人で訓練をするときはぼんやりすると命を落としかねんぞ」

 

 魔法は使い過ぎればそれだけ寿命を消耗すると言われている。

 真面目な様子で注意を受けたクルムは、命懸けの訓練にぼんやりと臨んでしまっていたことを反省した。

 

「まったく、そんなにあの女と過ごす毎日が楽しいかのう」

「楽しくないです」

「またまた、そんな遠慮するでない。これまで交流のなかった家族と仲良くできて嬉しかったろうに」

「私の家族はもういません」

「ま、そういう生き方もあるのう」

 

 クルムはグレイが意味深に呟いたのを見つめる。

 いつものように鬚をしごいて茶を飲んでおり、表情には何ら変化が見られない。

 クルムには時折、グレイが何を言いたいのか理解できないことがあった。

 

 そんな時はどこかグレイが酷く遠くにいるような感じがしてもやもやとする。

 自分を通して何か別の者を見ているような気がするのだ。

 少し嫌な気持ちになったので、クルムは意識的に話題を変える。

 

「今日お姉様にお茶会に呼ばれています。お断りできない場合、護衛に付き合っていただくことになるのですが、何かいい考えはありませんか?」

「お主、一週間もあったのに、よくもまぁあの女の中身のないおしゃべりに付き合っておったのう」

「断れないのですから仕方がないでしょう」

「なぜじゃ?」

 

 それは、とクルムは考える。

 まず現時点でファンファは商業組合の代表二人と付き合いがある。

 そのうち一つは元々ファンファの母親の後ろ盾であった人物なので、商業組合の中でも古株の、非常に発言力を持つ人物だ。

 それから、動かせる人の数が違う。

 もしファンファが本気でクルムのことをどうにかするつもりであれば、ウェスカやビアットを自由に動かすのは難しくなるだろう。もしファンファが初めから本気で殺す気であれば、すでにウェスカの命はなかったのだ。

 

「まだ、お姉様と比べて私の勢力は力が不足しています」

「お主は小賢しいのう」

「小賢しい……、ですか」

「そうじゃ、あくびが出るほどに小賢しい。頭の出来はともかく、まだ下らぬ策略を巡らしているあの小娘の方が人の上に立つものにふさわしいのではないか?」

 

 グレイは散々馬鹿にしていたファンファを持ち上げて、クルムを叱りつける。

 毎日ぼんやりと自室で過ごすことに飽きてきたのが半分、本音が半分と言ったところだ。

 

「出遅れているお主は、もっとがっつかねば上の兄弟には追い付けなかろうよ。それくらいはわかっておるじゃろう」

 

 クルムが黙って頷くと、グレイはさらに続ける。

 

「お主、毎日あの小娘が自ら手の中に飛び込んできているというのに、ばれぬような嫌がらせをする程度で何の対策も打たなかったじゃろう。この部屋の中であれば、他所にばれずに相手の弱みを握ることくらいできたのではないのか?」

「……それは、先生の嫌うやり方では。私も、卑怯な手は好みません」

「ふむ、お主は何か勘違いをしておるようじゃな」

 

 クルムにとって最近のグレイは導いてくれる強い大人だ。

 数少ない理解者でもあった。

 それは正しくもあり間違っている。

 

 本来のグレイの人柄はもっと獰猛だ。

 

「仕掛けてきたのはあちらじゃろう。敵に何を遠慮する必要がある。お主のやり方は半端じゃ。仲良しこよしがしたいのならば、誰かの下について守ってもらえばよかろうに。無駄に時間を使ったここ数日は楽しかったかのう?」

 

 厳しい言葉だった。

 クルムは威圧感で大きくなったようにも見えるグレイを見つめながら唾を飲む。

 グレイの言うことは最もだった。

 時間が勿体ない、と思いながらもひたすらにファンファが訪れるのを我慢し続けた。

 必要最低限のことは時間を作ってやってきたつもりだが、それはつまり、この数日間で新たに打てたかもしれない手を打たずに停滞していたということにもなる。

 停滞している間も、他の継承者候補は何かしら動いていただろう。

 ただでさえスタートが遅れているクルムは、ファンファが足にまとわりついている間に、更に距離を離されることになっていたのだ。

 

 ファンファは王になるつもりがない。

 何ならばクルムを巻き込んで、二人一緒にどこかの勢力に媚を売りに行った方がいいのだ。

 多少なりとも気持ちがほだされたクルムは、ファンファの無意識な作戦に見事にはまっていたとも考えられる。

 

「……先生は、お姉様をここで脅すべきだった、と?」

「そこまでは言うておらん。何をするかはお主が決めることじゃ」

「なら、先生だったらどうしていたのでしょうか」

「そりゃあお主……、自分の大事な仲間が捕まってひどい目にあわされたんじゃぞ。犯人が分かっているのなら報復するに決まっておろう」

「報復とは……」

 

 参考にもならないだろうからとわざわざ濁してやったのに尋ねてきたので、グレイははっきりと言葉を口にする。

 

「聞かずともわかっておろう。儂ならとっくに殺しておる。それが儂の正義じゃ。もしやお主、ウェスカが死んでいなかったからそれでいい、とでも思っておるのか? お主のその考えは、いつかお主の大事なものをまた殺すぞ。お主の家族のようにじゃ」

 

 およそ十日。

 ファンファのふわふわとした空気は、遅効性の毒のようにクルムにまとわりつき、判断力を鈍らせていたのかもしれない。

 クルムを見つめるグレイの青空色の瞳にはくもり一つなかった。

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