転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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59話 前向きな思考

「そういえば先生にはナイフの隠し場所を教えていませんでしたね」

「うむ、そうじゃな」

「戻ったら教えます」

 

 そう言って自分たちの区域へ戻ってきたクルムは、まっすぐにグレイの部屋の扉を開けた。そうしてすたすたと奥へと歩いていき、クローゼットを開ける。

 中には使っていないローブが山ほど入っている。

 グレイはたった一瞥だけしてそれ以来二度クローゼットと開けていない。

 

 クルムはローブをかき分けると、奥の板をバンバンと叩いた。

 ばかっと板が奥側に開くと、中身がくりぬかれた空間が現れた。

 クルムならばしゃがめば通り抜けられるが、グレイならば匍匐前進でも横幅が引っかかりそうな狭い道である。

 クルムはその中に入っていくと、途中にある凹みにナイフを置いた。

 グレイの位置からは凹みの奥がどうなっているか見えない。

 

 クルムは奥まで進んでいくと、レンガ作りの壁を外して自室側へ出た。

 中での方向転換はクルムでも難しいようだ。

 そうしてぐるっと外を回って戻ってくると得意げな顔でグレイを見上げる。

 

「どうですか。これなら大人の男性は入れませんよ」

「……その前に人の部屋に穴をあけていることを伝えんかい」

 

 グレイは自然な動作で腕を出すと、指先でクルムの額をピンとはじく。

 

「最初はどこまで言うべきか迷っていたんです。いざとなったらあの通路を逆に進んで先生の部屋に避難するのでよろしくお願いします。そもそも先生がまともにあそこに並んでいる服を着てくれていれば、そのうち気付いた程度の仕掛けですよ。数年前にちい兄様と一緒に作ったのですから」

 

 クルムは額を押さえながらも果敢に言い返す。

 得意げな顔は、子供ながらに頑張った記憶を思い出して自然とあふれ出た表情だったのだろう。

 

「まったく、儂の心が広くなければもっと怒っているところじゃぞ」

「……そうですね」

 

 何言ってんだこの爺さんはと思いながら、クルムはその顔を見上げる。

 本人はいたって本気で言っていそうなところがまた糞爺度が高かった。

 

「それにしても意外と隠し場所は単純なものじゃな」

「そもそも区域内は外から非常に入り込みにくい作りになっています。表には常に兵士が立っています。ナイフの集め方にもいろいろとありますが、あまりあこぎなやり方をすると、他勢力から警戒されますし」

「今回のはどうなんじゃ?」

「あれはお姉様の方から仕掛けてきました。そうでしょう?」

 

 クルムが見上げてにこりと笑うと、グレイも見下ろしてにやりと笑った。

 

「そうじゃな」

 

 今朝話したことをちゃんと分かっているならよし、と言うところだ。

 学習が早くて本当に優秀な弟子であった。

 

 

 翌朝、いつも通りに訓練を終えたクルムは、パクス商会へと出かける準備を整えた。グレイはいつも通りの鼠色のローブを羽織っているが、もはやそれも諦めだった。

 あれと同等以上の性能で、見た目の良いものを用意することはクルムには難しい。

 

「では、行きましょう」

「クルム、今日も元気そうね」

 

 気合いを入れて外に出た先で待っていたのは、クルムよりも派手な衣装で、お化粧もばっちりなファンファであった。

 にっこりと笑って首をかしげている。

 

「……こんにちは、お姉様。お姉様もお元気そうですね」

 

 グレイがちゃんと加減していたおかげか、それとも腕がいいのか、いつもの容姿が整った二人の冒険者も後ろにぴたりと控えている。

 

「その……、私たちは出かけてきますので」

 

 まさかついてくる気じゃないだろうな、と牽制をすると、ファンファはにこにことしたまま頷く。

 

「私も一緒にお出かけしようかと思いましたの。折角仲良くなれたのだからいいでしょう?」

 

 人が通ることのあるこの場でいつまで揉めているわけにもいかない。

 クルムは一度じっとファンファの目を見つめ、何を考えているのか見定めると、軽くため息をついて廊下を歩きだした。

 どうあってもついていく気だ。

 傘下に入ったことを表に出さない以上、今後の活動も考えるとパクスに改めて顔を通しておいた方がいいと考えたのだろう。事情を知らぬものが見れば、仲が良いだけで、どちらも王位継承権争いに参加しているようにも見える。

 

 手を取り合っていようとも、同じくらいの勢力が二つある方が警戒されないから、手段としては悪くない。

 

 王宮から出たところでグレイがぼそりと言う。

 

「こ奴らを連れていくのか?」

「はい」

「考えあってのことじゃろうな」

「もちろんです。いざという時に、他勢力からの目をお姉様と分散させます。場合によってはお姉様の方を本命に見せることによって、こちらへの襲撃を避けることもできます」

 

 堂々と言ってのけたクルムにグレイは満足し、ファンファは目を丸くして信じられないという顔を作って横を向いた。

 

「そんな酷いこと、本人を目の前にしてよくいえますわね……」

「方針の共有です。お姉様の方が生き残るすべには長けていそうなので頼りにしています。私はそういうことがあまり上手でないので、お姉様から学んでいきたいところです」

「あら、そう。まっ、私これでも今までうまく立ち回ってきましたものね。仕方ありませんわね」

 

 ちょろい。

 クルムもグレイも、後ろに控えている冒険者二人も同時に同じことを思ったが、誰も口に出さなかった。

 多分その方がファンファにとっては幸せだからだ。

 

 ぺちゃくちゃとファンファばかりが楽しげに喋りながら目的地にたどり着く。

 着いた途端に静かになったファンファは、大きなため息をついて看板を見上げた。

 

「前回来た時、パクス様は私の未来を祝福して塩をかけてくださったのに、期待に応えられなかったわね」

「塩……?」

「ええ、なんでも『大事なお客様に幸あれと願うための儀式』だそうですの」

 

 グレイが変に咳き込んでみせる。

 笑いをこらえきれなくて咳をする振りをして誤魔化したのだ。

 随分と昔に、パクスに『いやな客が帰ったら塩をまけ』と教えた記憶を思い出していたのだ。

 塩をまくどころか直接ぶつけていけしゃあしゃあと、『大事なお客様に』とか言っている姿を想像したらどうしたってこらえきれなかった。

 

 クルムは自分がそれをされていないことを思い出し、それからグレイが笑っているのをちらりと見て、絶対に違う意味があるのだろうと素早く悟った。

 

「あら、お爺様大丈夫かしら?」

 

 あまり好きでもないはずなのに、咳き込んでいるグレイを心配しているファンファの頭の中は、ある意味前向きで、やはり少しおめでたいのかもしれない。

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