「それの名が災禍の指輪であるというのは嘘です。ただ、数奇な人生をたどってきた人が身につけていたものらしいというのは本当です。身に着けるなり売り払うなりご自由に。今回預かっていただいた代金とでも思ってください」
やはり呪いなどなかったかと眉をあげたのはグレイ。
今回の話は本当なのだろうかといちいち疑ってしまったのはクルムだ。
パクスみたいなタイプの人間の言葉は、真偽をいちいち探らないほうがいいのだが、そこはどうしたってクルムの経験不足な部分が出ている。
人間性などをよく理解している場合は別だが、そうでない場合は、いちいち疑うこと自体が相手の術中にはまっていることになるのだ。
大事な交渉をしなければいけない場面で、余計なことに脳のリソースを割いている暇はない。
「さて、今後の話をしましょう」
「はい、お願いします」
考えれば考えるほど、話の主導権を握られることになるのだから。
先に切り出したのはパクスであった。
もともと王族に協力する気は一切なかったが、相手は出した条件をクリアした年端も行かぬ王女である。そして、クルムは変わった理想を持っており、師を同じくしている相手でもある。
王族嫌いのパクスであっても、今よりも商売の手を大きく広げるためには、どこかの権力と手を取り合うことも考えてきた。宮中に大きな力を持っていて、かつ商売に口を出してこなさそうな軍人あたりを狙っていたが、こうなれば一度クルムに投資してみるのも悪くない。
そのつもりはあるが、まずは探りだ。
「噂によれば王女はこのひと月である組織の拠点を一つ潰していますね。あれについてどう思われますか?」
面の皮が厚いとはこのことだ。
自分で手を回しておきながら、知らないことのようにパクスは語る。
クルムはどんな回答を求められているか、思考をフル回転させつつ、それを表に出さぬように語る。
普段からある程度のやり取りの答えは準備してきてあるので、それをパクス用に調整するような形だ。
「街の裏の顔と言うのはどうしたって存在するのでしょう。ただ、妙な薬を使っているようでしたし、悪行も重ねているようでした。もう少し規律の正しい裏の顔があるといいと考えますね。上手く操作できる方がいればそれに越したことはないかと」
「なるほど、私もそう思います。今の状態は目に余りますからね」
気にくわないやつは端から叩き潰すタイプのグレイとは違い、二人はやはりクレバーだった。だからと言ってグレイが頭が悪いというわけではなく、これは大局を見るタイプか、その場や人を見て主観で判断するタイプかの違いである。
「さて、本題に入りましょう。もし私に後援を頼みたいのであらば、古くからいる商家の後押しは得られないと思った方がいい。私はその辺りからはあまり好かれていませんからね。それでも私と手を組みたいと思いますか?」
「はい、もちろん。これまでの成長を見れば、パクス商会がまだまだ大きくなるであろうことは自明の理です。それに古くからある商家については二つあてがあります」
「ふむ、あなたのお母上関係ですか」
王宮内のことはよく分からないとはいえ、それくらいのことはパクスも調べている。
「はい、一つはそちら。そしてもう一つは、ファンファお姉様関係です」
「……そういえば店頭に姿が見えました。うちの息子が案内していたようですが、あなたが頼んだのだとか?」
「はい。今回の指輪を預かる件が、なぜかお姉様に知られていたようで」
クルムは困ったような顔を作って様子をうかがうが、パクスは僅かな動揺も見せずに眉間に薄く皺を寄せて見せた。
「どこから漏れた話なのやら。壁に耳あり、と言いますからねぇ」
「はい、気をつけねばなりません。しかしそのお陰で、お姉様を傘下に収めることに成功しました。お姉様は夜の街を中心とした商会とつながりがあります。あちらは王都の歴史とともに発展してきた商家です」
パクス商会の弱みは、他の商家と協力した商売を打ち出せないところだ。
王都の民からは圧倒的な支持を受けて商圏を広げているが、一方で手詰まりとなっている部分も多くある。
クルムの言っていることが上手くいくのであれば、クルムが王になる前にパクス商会は更なる飛躍を遂げることができる。
パクスとしてはクルムがどんな手を使ったのかが気になるところだが、何でも知っているような顔をしなければならないのが、パクスの立場の厳しいところだ。
「互いに利はありそうですね」
「では、私の後援となって下さいますか?」
「いいでしょう。少なくとも他の王族と手を組むよりは随分と良さそうだ。……グレイ先生もいることですし」
グレイは退屈そうに茶菓子をかじって意識をとばしていたが、名前を呼ばれたことで戻ってきて二人を交互に見た。
「ふむ、話はまとまったようじゃな。堅苦しい話は終わりじゃ、帰るとするかの」
首を左右に倒しながら立ち上がったグレイは、ふとパクスを見下ろして口を開く。
「子供ができたのなら言わんかい」
「……いらっしゃらなかったので、あまりご興味ないのかと」
「弟子の子が生まれて祝わぬ師がおるか。なんか欲しいものはないのか?」
「時折顔を出していただければそれで」
「つまらんことを言うのう……。まぁ、そのうち適当に何か見繕って持ってくるとするか」
グレイはぶつぶつと文句を言いながら勝手に部屋から出ていく。
「……先生らしい」
ぱたんと扉が閉まったところで、二人はほぼ同時に呟いて顔を見合わせた。
案外うまくやっていけそうな二人である。