転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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64話 一人の街歩き

 誕生日まで残るところ四日。

 体術の訓練がノルマに加わったクルムは、それなりにぐったりとしていた。

 午後にはファンファがやってくるので、昼食までの暫しの休息時間だ。

 常日頃から魔物に怯えながら強くなってきたグレイとしては、命の危険がほぼない訓練をしているのだから、ぐったりするくらいやらねば意味がないくらいに思っている。

 午後から動けるのだからまだ加減しているくらいだ。

 そんな休息の時間に、グレイはおもむろに口を開いた。

 

「ここ数日は外へ出ないことが多いのう」

「……お姉様が来てた間の仕事をまとめてやっています。他勢力に目をつけられないためにも誕生日までは大人しくしておこうかと」

「なるほど。では儂は少し街をぶらついてくるとするか」

 

 クルムはテーブルに預けていた上半身をそのままに、顔だけを上げてグレイの顔を見る。

 特にいつもと変わった様子はない。

 そしてグレイが王宮に来てからひと月と少し経ったが、そういえば今まで一度も自由に出かけたことがなかったことを思い出した。

 てっきり知り合いもいないのかと思っていたが、パクスなどとは知り合いであったし、グレイにだって顔を出すべき場所があってもおかしくない。

 実際はないけれど。

 

「そうですか。ではお姉様は中へ入れないようにしておきます」

 

 ファンファ一人ならともかく、冒険者二人を入れてしまうと、クルムとウェスカでは手に負えない。万が一を考えれば入れないというのは正しい判断だ。

 

「いや、構わんじゃろう。あの冒険者たちにはよく言って聞かせてある」

 

 グレイは首を振ってクルムの提案を否定した。

 二人の冒険者には色々とよく言って聞かせてあるし、別の勢力の介入があることも考えれば、一人でも戦力になるものが傍にあった方がいい。

 グレイがこれまでクルムの傍を離れてこなかったのは、当時の厳しい王位継承者争いの光景を知っていたからだ。

 グレイの若かりし頃に近くにいた王子は、かなり有力であったというのに穏健派だったせいで、何かとちょっかいを出されがちだった。その当時と比べると今のクルムの置かれている状況はかなりぬるい。

 

「はぁ、そうですか? 別にお姉様は来てくれなくとも構わないのですが……」

 

 ファンファの頼みを断る口実がなくなってクルムは少しばかり残念そうだ。

 

「では行ってくる」

「お昼は食べないのですか?」

「うむ。夕食までには戻る」

 

 グレイは自分の部屋へ立ち寄ると、荷物を漁って古びたずだ袋を取り出してぷらりとクルムの生活区域を抜け出した。そのまま廊下の真ん中を堂々と歩き、通りすがる者たちを端に寄せながら悠々と王宮を抜けていく。

 誰かに絡まれればお話しの一つや二つしてやるつもりだったが、フードを深くかぶったガタイが良くて背の高い老人に積極的にからもうと思うものは少ない。

 

 警邏中の兵士に幾度か呼び止められることはあった。

 だが、彼らも身分を確認すると、それぞれの反応を見せた後、すぐにグレイを解放する。これは、騎士団から兵士たちに向けての通達が出されているからだ。

 余計な犠牲を出すべきではないだろうという、副団長の英断である。

 

 街へ出たグレイは久々に歩く王都の中心街に、はたと足を止めて周囲を見回した。

 最後にこの辺りで好き勝手活動していたのは、もう五十年も前のことになる。

 昔からある様な建物もあるし、外壁だけ変えたり立て直されたりしている建物もあった。道順だけは変わっていないようであったが、道と言うのは家などの目印を頼りに進んでいくものだ。

 

 これだけ景色が変わってしまうと、一度じっくりと考えてから道を選ばねば、あっという間に迷ってしまいそうだった。

 

 しばし立ち止まっていたグレイは、やがて「ふぅむ」と息を吐いて、大股でのんびりと歩き出す。

 一応目的地はある。

 そこが中心の繁華街からはややずれた、裏路地をグネグネと進んだ先にあるものだから、ひとまずその辺りまで歩みを進めることにしたのであった。

 

 人々の多くはグレイを避けて歩いていく。

 時折平気な顔をして近づいてくるのは、何か他のものに夢中なものか、ろくでもないことを企んでいる者くらいだ。

 そのどれをもグレイはするりとすり抜けて、歩みを止めることなく進んでいく。

 肩透かしを食らったろくでなしなどは、何が起こったかわからずに振り返ったりしながら去っていった。

 

 本来ならば酷い目に遭っているところを、気分で見逃されたことを天に感謝するべきなのだが、こういう輩はいつか酷い目に合うまで気付かないのだろう。

 グレイは王都の繁華街をどこかノスタルジックな気分に浸りながらゆったりと散歩していた。

 

 少しずつ道が狭くなってきたところで、何が書いてあるかも判別のつかない、ぼろぼろの看板を下げた店から良い香りがしてくることにグレイは気づく。

 ふらりと寄ってみると、中には潰した芋を鉄板の上で焼いている店主の姿があった。その店主が十代の頃に見たおやっさんにそっくりであったことに、グレイは目を見張ったが、よく見れば今となってはそのおやっさんはグレイよりは年下だ。

 きっと血のつながりのある誰かなのだろう。

 しかし今にも『あいよっ、一つ金貨一枚だ!』と声が聞こえてくるような気がして、やはりひどく懐かしかった。

 

「すまんが、それを三つほど包んでくれぬか」

「あいよっ、と、でけぇな。……いや、でも爺さんか? 結構量が多いぞ、食いきれるか?」

 

 遠慮のない声は昔のおやっさんによく似ている。

 

「うむ、問題ない」

「かーっ、健啖家だね。そんじゃ一つ金貨一枚だ!」

 

 グレイは眉を上げて「……ほっ」と笑った。

 その間に芋が包み紙にまとめて包まれて差し出される。

 

「ほい、銅貨三枚な」

「……うむ」

 

 グレイは金貨を一つ取り出すと、男の手に乗せて代わりに芋を受け取り、さっさと店を後にする。

 

「おいおい、冗談だって! こんなに貰えるか!」

「とっておけ。儂は昔ここのおやっさんに随分とまけてもらったんじゃ」

「あー? 関係ねぇって! おーい!」

 

 呼びかける声を無視してグレイは路地裏へと入り込み、がぶりと芋にかじりつく。

 油臭くて塩っ辛い、昔と同じ芋の味がした。

 グレイは鬚を油で汚しながら、「ほっほ」と笑う。

 だんだんと昔の記憶が鮮明によみがえってきて、いつのまにやら足取りは随分と軽くなっていた。

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