グレイはひょいっと椅子ごとずれて老人を躱すと、よろりと倒れる前にその体を支える。
「なんじゃい、藪から棒に」
攻撃というよりは怒りの感情を感じて、反撃する気も起きなかったのだ。
「身体が悪いんだから落ち着かんかい」
ちょっと動いただけでぜぇぜぇと息を乱している老人を、引き寄せた椅子の上に座らせた。グレイはまるで綿でも扱うかのようにひょいっと老人の体を自在に操る。
「…………あんた、俺より年上だろうに、なんでそんなに元気なんだよ」
「お主の元気がないんじゃい」
掴みかかる気力もなくなったのか、老人は前かがみになったままため息をついた。
「で、何があったんじゃ」
「……見ての通りだ。加工業は今や貴族やでかい商人と縁がなきゃやってけないような状況だ。あんた確かアルムガルド家の人だったろ。いくら腕が良くてもな、魔物の素材が希少になっちゃあ仕事なんてろくに回ってこねぇんだよ。俺の親父はあんたをずいぶん気にかけてやったはずだぜ。何があったか知らねぇが、あんたらアルムガルド家さえしっかりしてりゃあ、俺だって……」
話を聞けば理解できた。
かつての王都は、アルムガルド家から卸される良質な魔物素材に頼りきりだった。
そのせいで冒険者を優遇してこなかったのもあって、アルムガルド家がなくなってからは供給量が激減してしまったのだろう。
結果、いくら腕が良くても街で魔物素材の加工業を営むことは難しくなった。
軍やでかい商家に縁のある店ならばともかく、職人気質の男がやっていくには難しい環境になってしまっていたのだろう。
「んなこと儂のせいにされてものう」
多少思うところはあれど、グレイは怯まない。
実際に生き残っている加工職人はいるはずだ。
本当に職人として生きていたかったのであれば、今最前線に作られている要塞にでもついていけばよかっただけの話である。
人生をこの街のこの場所で生きていくことを選んだのは老人であるはずだった。
「そうだよ爺ちゃん! かっこ悪いこと言ってんじゃねぇよ!」
「お前に加工業を継がせないと言っているのも、半分くらいはこの爺のせいだぞ」
「爺に爺と言われたくないわい」
まるで悪びれる様子のないグレイを老人は睨みつけるが、グレイは死にかけの老人に睨まれたところでへでもない。
「とにかく、今加工ができるかできないかを知りたいんじゃが」
「できる!」
「やらん!」
「どっちじゃい」
女性が勢い込んで引き受けて、老人の方が断る。
無理なら他に頼むので、はっきり決めてほしいところだ。
駄目ならば早々に別の職人を探さなければならない。
「爺ちゃんは寝てろよ! 私がやるから。ほら、依頼の品見せてみろ!」
「まぁ、そういうことなら」
グレイは持ってきた荷物の中から取り出したものをおもむろにテーブルの上に並べる。
「うお……なんつうものを……」
「こっちを魔法から身を守る効果をもたらすペンダントにして、こっちはまぁ、とにかく適当に能力つけて、綺麗な宝玉みたいにしてくれりゃあそれでいいんじゃが」
やらないと言いながらも興味を持って覗いてしまった老人が、思わず声を漏らすが、女性の方はよく分かっていないようだった。これを加工するには明らかに経験が足りないことが分かる。
「……ふむ、無理そうじゃな。こりゃあドアの弁償代じゃ」
グレイが貨幣をテーブルに乗せて、そのまま出した品をひっこめようとすると、女性がその腕を両手でつかんだ。
「ま、待てよ! やるって言ってんじゃねぇか!」
「無理じゃろ。これが何かも分からんのだろう?」
「ぐっ……、う、鱗と……、何かの目玉……か?」
「そりゃあ見れば誰でもわかる」
「相当高位の竜の逆鱗……、あんたが持ってきたんだから、おそらく
「ほう、わかるか」
老人の目利きは確かであった。
グレイは冒険者時代に手に入れたものを、適当にまとめて袋に仕舞い込んであったのだ。売り買いするにも場所が限られるので、面倒くさがって放置していた。
今回贈り物をと考えたあげくに、ようやく思い出した品々であった。
「じゃがお主はやらんのじゃろう。ではな」
「待て……」
グレイが手を振り払って立ち上がると、老人の方が先ほどまでとは違った目の輝き方を見せながらグレイを睨む。
「それをどこに持ってくつもりだ」
「さて、他をあたるとするかのう」
「……そんな大層な物を加工できるやつはこの街にはいないぞ」
「適当こくでない。この街にどれだけの職人がおると思っておるんじゃ」
「……グレイ、お前随分と長いこと街にいなかったな? さっきも言っただろうが。今や貴族か商人お抱えの職人ばかりだ。腕が立つのは対旧アルムガルド領の要塞で働いている。どこにあたっても加工できるやつなんかいない、俺以外にはな」
「まったく偉そうに……、しかしお主、やらんと言うたじゃろう」
老人は小さな体でまっすぐにグレイを睨みつけていった。
「いいや、受けてやらんでもない。ただし条件がある」
「なんじゃ、一応聞いてやろう」
なんだか偉そうに上から話されているのは腹が立つが、これもまた職人らしさでもある。腕が立つ職人というのはこういうものであることを、グレイは知っている。
それに今日のグレイはなんだか少しノスタルジックな気分だったのだ。
折角昔の知った顔に会ったのだからと、グレイは寛容な心で話を聞いてみることにしたのだった。