転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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69話 パクスのしょうこん

 さほど待つことなく、パクスが部屋へ入ってきた。

 パクスの心は浮かれているようであったが、グレイから見ればいつもと変わらぬ落ち着いた様子だ。

 

「急に訪ねていらっしゃるとは、どうされたんですか?」

 

 別に用がなくても遊びに来てもらっていいのだが、グレイが意味もなく他人を訪ねるタイプの老人ではないことをパクスは知っている。

 

「これなんじゃがな」

 

 案の定取り出された殴り書きのようなメモ。

 パクスはやっぱりそうかと納得しながらその文字に目を通す。

 いわゆる加工職人が使うような品物であった。

 

「急ぎで必要でのう。お主、どこかに心当たりはないか」

「そうですねぇ……」

 

 職人が言っていた通り、パクスのところには加工職人がいない。

 いつかは手を出したい分野であったが、ある程度腕のいい職人はパクスが頭角を現した頃には既にすっかり囲い込まれてしまっていたのだ。

 今回グレイがこのメモを持ってきたということは、グレイがどこかしらに加工職人との伝手を持っているということになる。もしそれを商売につなげられるのであれば、パクス商会はまた一つ大きく成長することができるはずだ。

 

 パクスはグレイのことを尊敬しているけれど、商機となれば話はまた変わってくる。ギラギラとした野心こそが、商売人パクスの本質であった。

 

 とにかく恩を売るのだ。

 パクスは、グレイが義理堅い人間であることをよく知っている。

 そしてへたなごまかしや嘘が嫌いであることも。

 

「申し訳ありませんが、私の方には伝手がありません。加工職人にお知り合いでもできましたか?」

「うむ、昔馴染みの店のな」

「というと、どこかに所属しているわけではない方ですか?」

「そのようじゃったな」

 

 そうなるとパクスの知っているまともな職人は一人だけ。

 誘いをかけたことがあるが一度すげなく断られている相手だ。

 

「なるほど。もし私にもその方を紹介してくださるのであれば、心当たりの方はお伝えしますし、他にもお手伝いできることがあれば働かせていただきますが」

「ふむ……」

 

 グレイが鬚をなでながらパクスをまっすぐ見つめる。

 昔はよくグレイに嘘をついたり、誤魔化したりしたパクスだが、いつもその空色の瞳にじっと見つめられると落ち着かない気分になったものだった。

 今は嘘をついていないお陰で堂々としていられる。

 久々の対話で成長を見せられたような気がして、少しばかり誇らしかった。

 

 

 グレイは、相変わらず何考えてるかわかりにくいやつじゃなぁ、と思いつつパクスの顔をじっと見つめ、こくりと頷いた。

 

「ま、よかろう」

 

 どうせ今回の件が上手くいけば、向こうの方から仕事をくれと言ってきてるのだ。

 パクスに紹介してやれば仕事も増えて万々歳だろう。

 というか、そもそも言われなくたって紹介をしてやるつもりだった。

 向こうから切り出されてしまったので、ちょっと不満があるくらいだ。

 

 パクスの目が細くなって笑っているのが分かった。

 

「おそらく軍部……、〈要塞軍〉が大量に在庫を抱えているはずです。旧アルムガルド領から得られる魔物の素材を加工するために、現地にも職人を多く連れて行っていますからね。その関係で王都にも加工素材は十分に用意されているはずです」

 

 物は必要なところに納まるものだ。

 言われてみれば当然の推論である。

 

「クルム王女に知り合いがいないか尋ねてみては? まぁ、あの勢力ではないかもしれませんが、そうであればまた相談してください。最悪私の方で何とかして見せますよ」

 

 パクスはクルム王女に伝手がないであろうことなんて当然理解している。

 今の弟子より昔の教え子の方が役立つことをグレイに伝える好機であるとして、わざわざいじわるのように伝えただけだ。

 

「その時はまた頼るとするかのう。儂は儂で伝手を探ってみるとするか。すまんの、助かった」

「いえいえ、グレイ先生ならばいつだって歓迎しますよ」

「ふむ、そうか。……お主もいつのまにやら立派になったもんじゃな」

「…………ありがとうございます」

 

 パクスは思わず涙が出そうになって頭を下げて誤魔化した。

 

 パクスとグレイの最後の別れは、決して良いものではなかった。

 

 その昔、パクスはグレイの忠告も聞かずに無茶をして命を落としかけた。

 それを助けたのは、結局グレイであった。

 捕らわれて息も絶え絶えとなっていたパクスは、グレイがどうやって自分を救出したのかを知らない。

 ただ、命を救われたことだけは事実だった。

 

 グレイはいつもと変わらぬ調子でパクスを助け、体が自由に動くまで看病してやった末、『もうあんなことをするんじゃない』と小言を言った。

 パクスは、恩を受けたにもかかわらずそれを拒絶してグレイの下を飛び出したのだ。

 

 信念があった。やらねばならぬことがあった。グレイにこれ以上迷惑をかけてはいけないという思いもあった。

 パクスは身を潜め、より慎重に、綿密に計画を立てた。

 痛みに学び、時折グレイから教わったことを思い出しながら、水面下で人を操り、影響力を広げていく方法を覚えた。

 パクスは二度と失敗をしなかった。

 パクスは今生きて成功していることの、半分以上はグレイのお陰であると考えている。

 

 パクスは一人前になってからは詫びの気持ちと、自身が無事であり立派になったことを伝えるために、グレイに茶を送り続けた。

 顔を出すのが申し訳なくて自ら訪ねることはしなかったが、いつか許してもらえる日がくれば、グレイの方から訪ねてくれると考えていたのだ。

 

 そうして二人の関係は今に至る。

 馬鹿な男たちのすれ違いである。

 

 そりゃあ認められたとわかるような一言がもらえれば、感動もひとしおであった。

 

 そんなパクスの気持ちなど理解しないまま、グレイは『さて、仕方がないからその〈要塞軍〉とやらを訪ねてみるか』と考える。

 道の真ん中を歩くグレイの足取りは、相変わらず老人とは思えぬほど力強いものであった。

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