転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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70話 面倒な男

 〈要塞軍〉というのはグレイの知らぬ集団だ。

 王都の戦力は基本的に王国騎士団を中心とした王国軍だけであったはずだ。

 兵士のほとんどは有事だけに組織されるものだが、王国は国力自体が大きいため、他国と戦争することがほとんどない。

 王都には軍と呼ばれるものは平時にはほとんど存在しなかったのだ。

 

 その辺の話も含めてクルム以外に聞くとするならば、ハップス王子が適任だろう。

 ただし、クルムの教育係らしいグレイがハップスの下を勝手に訪れるのは、クルムが言った『今は大人しくしていたい』の範疇であるのか微妙なところだろう。

 そうなればプレゼントを用意する前にクルムに事がばれる可能性もある。

 それは面白くない。

 

 グレイは渋面を作りながら、騎士団へ向かおうとしていた足を止めた。

 そうして仕方なくもう一人、王宮でずっと暮らしていたであろう昔馴染みを訪ねることにする

 向かう先は治癒室。

 がめついエルフこと、スペルティアが常駐している場所だ。

 

 部屋の前までくると話し声が聞こえてくる。

 あの守銭奴の下に人が訪れることもあるのかと思いつつ、勝手に中へと入っていくと、グレイの方を向いて座っていたスペルティアと目が合った。

 スペルティアと向き合って座っているのは、背が小さいながらも体がよく鍛えられた短髪の男性である。

 

「ほら」

「ほらって、何がです?」

 

 スペルティアがグレイを指さすと、短髪の男性が振り返る。

 

「なんじゃい」

 

 短髪の男性はグレイの姿を見ると、身体と首をねじった状態で固まってぽかんと口を開けた。

 

「あれ……? もしかしてグレイ先生じゃないすか……? なんでこんなとこに」

「誰じゃおまえ」

 

 男性はガタンと椅子を動かして立ち上がると、きょとんとした顔でグレイの下へ寄っていく。相当怪しく見えるであろうグレイに自ら近寄っていくのだから、本当にグレイの知り合いなのだろう。

 

「俺、ロブスすよ。ほら、騎士団の試験受ける前に半年くらい世話になったじゃないすか。え、まじすか、先生なんでこんなとこいるんすか」

 

 じっと顔を見ると、確かにそんな子供がいたことを思い出す。

 ただ二十年のうち半年くらいじゃ、あまり記憶に残らないのも無理もない。

 世話をしたときすでに十代半ばに近く、比較的しっかりとしていたためか、迷惑をかけられた記憶もなかった。

 むしろどんなに周りが騒いでも、一人で黙々と勉強するものだから、他の子たちもつられてちょっと真面目になったくらいだ。

 

「ああ、あの真面目なロブスか。もう三十も超えたじゃろう? 久しぶりじゃのう……。怪我してもこいつの世話になると、金がいくらあっても足りんからな」

「君はいつだって失礼。私様の報酬はいつだって適正」

 

 親切心から出た言葉に反論があったが、グレイは意見を曲げるつもりはない。

 高いものは高い。

 

「あ、ということは最近スペルティア様のところに現れた怪しい大男というのは先生のことでしたか!」

 

 ロブスはハッと気づいたような顔をしてから、納得したように手を打った。

 このロブスという男、勤勉で優秀である代わりによく口が滑るのだ。

 というか正直なのだ。本人はあまり口を滑らせている自覚もない。

 上下関係に厳しい場所にはあまり向いていない。

 当時のグレイも幾度か遠回しに諭したのだが、ろくに聞き入れやしなかった。

 

 グレイの下で学んだ者は大体頑固である。

 多分師に似るのだろう。

 

「つまりスペルティア様の下を最近訪れたのは、グレイ先生だけってことすね。じゃ、一緒に〈要塞軍〉に来てくれても困る人はあまりいないんじゃないすかね」

「まだ見ぬ患者が私を待っている」

「スペルティア様引きこもりじゃないすか。患者なら〈要塞軍〉の方が多いすよ」

「しつこい」

 

 スペルティアは美しい顔をゆがめて顎を上げ、ロブスを見下すように言った。

 

「あそこは話の通じない筋肉が多いから嫌だ」

「ははっ、面白い冗談すね」

 

 まず間違いなく本音だが、ロブスには通じなかった。

 スペルティアが嫌がる理由が傍から見ても丸わかりである。

 

「そもそも治癒報酬が一定なのも嫌だ。たくさんふんだくれる怪我も、一定額で治すのは嫌だ。気持ちが良くない」

「本音が出ておるぞ、若作り」

「うるさい」

「ははっ、スペルティア様って冗談好きなんすね」

「ほら通じない」

 

 やはりロブスが混ざると、それぞれ微妙にかみ合わない会話になる。

 しかし本人には悪気はないのだ。

 人の悪意にもあまり敏感でない。

 

 よく分からない話をしているが、そんなことよりもグレイにとって大事なのは、ロブスの発した〈要塞軍〉という言葉である。

 

「……それはさておきロブス。お主騎士団に入ったのではなかったのか?」

「あ、三カ月で首になったんすよ。なんかわかんないけど先輩に嫌われちゃったみたいで……。喧嘩になって追い出されたっす」

 

 なんかわからない理由ではないのだろうけれど、本人にはきっとわからないのだろう。

 いくら能力が高くても、組織では扱いにくいことはある。

 

「〈要塞軍〉ではうまくやってるのか?」

「そすね。〈要塞軍〉では部隊を一つ預けられてるんすよ。先生が身体強化の魔法をしっかりと教えてくれたおかげっす。あざす!」

「まぁ、上手くやっているのならいいんじゃが……」

 

 こんな無遠慮な男でもやっていけるとなると、〈要塞軍〉は相当に人手不足なのかもしれないとグレイは思う。

 それはそうと、忘れかけていたとはいえ、一応自分の生徒だ。

 しっかりと活躍しているらしいことは、グレイにとって悪い気分ではなかった。

 

「私様を無視して話をするな。不遜」

「あ、そうすね。じゃ、スペルティア様も一緒に〈要塞軍〉へ行きましょう!」

「グレイ。私様はこの男が苦手。追い出せ」

「何で儂がそんなことせにゃならんのだ」

「役立たず」

「ぶち殺すぞ」

「ははは、仲いいっすね」

 

 本当に楽しそうに笑うロブスに、スペルティアはうんざりとした顔をしてグレイの方だけをじっと見つめた。

 久しぶりに遭ってみればなかなかキャラクターの濃い男である。

 どうして忘れていたのかと、グレイは首をかしげるばかりだった。

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