転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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73話 思うようにいかなかった

 はっと目を覚ましたロブスは、すぐに立ち上がってぐらりと体を傾けた。

 つま先の掠った左耳からの音が聞こえない。

 だが怪我らしい怪我といえばそれくらいらしく、最低限の攻撃で自分が負けたことをすぐに理解する。

 

「お、起きたようじゃな」

 

 右耳だけからグレイの声が聞こえてきて振り返る。

 どうも感覚が一つ潰されると、相手の位置を把握するのにも支障が出るらしく、グレイではなくスペルティアの方を見てしまった。

 このまま前線に戻るわけにはいかない。

 

「スペルティア様、左の耳が聞こえないっす。治してもらえないっすかね?」

「よし、こちらへ来い」

 

 素直に歩み寄ったロブスは、言われるがまま首を傾け、スペルティアに耳を覗き込まれる。

 

「鼓膜が破れたぐらいじゃろ」

 

 ぽつりとグレイが言えば、診察しているスペルティアがじろりとそちらを睨む。

 

「適当な診断をしない」

「どうなんじゃ、違うのか」

「合っている」

「なら良かろう」

「良くない」

 

 二人の軽口の応酬を聞きながら、ロブスはその関係性を考える。

 ロブスは考えなしのように見えて勤勉だ。

 騎士になるにあたって王国の歴史はしっかりと学んでいる。

 

 スペルティアがこの国へやってきたのは五十数年前の事件以来だ。

 元々エルフの国の王族であり、旧アルムガルド領の向こう側の広大な森林を領土としていた。

 ある時その領土が魔物に襲われ、国土を蹂躙されることがあった。

 その時当時の王子とその仲間たちによって、救出されたのがスペルティアである。

 スペルティアはそれ以来王宮の一部を居として医学薬学治癒魔法学の研鑽に励んでいる。

 彼女によって王国の医療知識は随分と発展した。

 エルフは人口こそ少なかったが、自然由来の知識に優れ、魔法の制御も一流だ。

 その王族を保護することは、王国にとってメリットが大きかった。

 

 エルフの森を取り戻すことができれば、スペルティアもいつか故郷へ帰るはずだったが、その約束は未だに果たされていない。王国の一部にエルフが住まう地域を設け、かつての国民はそこで静かに暮らしている。

 

 だからこそ、スペルティアは〈要塞軍〉に来るべき、というのが〈要塞軍〉のトップの考え方である。彼女が故郷に帰るためには、どうしたって〈呪い谷〉や〈竜食山〉からあふれ出した魔物から、森を取り戻す必要があるのだから。

 

 ロブスからすれば、逆にスペルティアがなぜ〈要塞軍〉に手を貸そうとしないのかが分からなかった。

 

 そんな考察をしているうちに、治癒魔法によって耳が聞こえるようになる。

 

「あざす、たすかったっす」

「支払い金貨三枚」

「あー、持ち合わせがないので明日で」

「じゃあ金貨三枚と銀貨三枚」

「うす」

 

 一部頑固なところがあるロブスだが、治してもらったのだから仕方ないという諦めはできる。戦う者にとって片耳が聞こえないというのは致命的だ。

 金貨三枚で命を買ったと思えば安い。

 

「先生、俺は弱かったっすかね」

 

 正直悔しかった。

 相手方に隠し玉が多すぎたとはいえ、ロブスは毎日のように魔物を相手にしている一線級の戦士だ。まさか老人であるグレイにここまで一方的にやられるとは思ってもいない。

 

「ま、情報不足じゃろ。儂はお主がどう動くか想定できたが、お主には出来なかった。もしもう少しうまく接近戦をしていれば、いい勝負になったじゃろうな」

「慰めっすか?」

「慰めかどうかは自分で判断するが良い」

 

 実際ロブスの動きは、グレイから見ても悪くなかった。

 迷いがなく、身体強化も十分で、攻撃の威力も高い。

 決定的な勝負の分かれ目は、最初の接触の時だった。

 

 あそこで相打ち覚悟で攻撃に出られていれば、もう少し泥仕合になっていた可能性もあるだろう。

 グレイがいくら身体強化の達人といっても、今は武器を持っていない。

 素手で、剣よりも随分と固く頑丈に作られたように見えるトンファーを相手にするのは、少々骨が折れる。

 負けたとは思わないが、怪我の一つや二つしていてもおかしくない。

 

 あくまで殺し合いでないからこその可能性ではあったが、それでもロブスは十分に強い部類であった。

 グレイ的に評価をするならば上の中クラスである。

 冒険者の中でもなかなか見ることがない強さだ。

 

「にしても、困ったっすね。何としても勧誘するように言われてるんすけど」

「諦める。負けは負け」

「っすね……」

 

 流石に約束を破ることはできないロブスはため息をついて肩を落とした。

 

「あと、そこの地面均す」

 

 スペルティアが指差したのは、グレイがかかと落としで破裂させてクレーターのようになった地面である。

 

「え、これすか? これ俺じゃなくて先生がやったんすけど……」

「どっちでもいい」

「老人を働かせるつもりか?」

「……いや、俺がやるっす」

 

 半年間生徒をしていた時は、厳しくも穏やかな先生であったのだが、いざ再会して見ると随分と元気そうに目を輝かせている。

 当時と変わらぬ、どころか、目の輝きだけで言えば当時よりもよっぽど元気そうなグレイを見て、ロブスは反抗することを諦めた。

 

 異様に元気な老人のことは、グレイ以外にも知っている。

 ロブスの知っているその人物は、豪胆で、強くて、ロブスよりずっと頑固だった。 

 

 自分は負けたのだ。

 そんな悔しい気持ちをかみしめるように、ロブスは散らばった土をせっせと穴の中へ戻していくのであった。

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