転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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79話 勘違い

 グレイの姿が見えなくなると、ビアットは大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

 王宮に仕事を貰えたことは良かったが、最初からずっとグレイが恐ろしくて仕方がないのだ。

 酔っぱらって絡んだ自分が悪いことは理解している。

 ただ、その後に見た戦いの光景が尋常ではなかった。

 

 ビアットは一応兵士の端くれであったから、強者の訓練風景を見せてもらったことがある。ほぼ素人目ながら、その誰と比べても、グレイの動きは圧倒的であったように見えたのだ。

 あの暴力が本気で自分に向けられたらと思うと背筋がひやりとする。

 

 だからこそ、今度こそ心を入れ替えて真面目に働いているのだが、どうしたってグレイに何かを言われると、身体が勝手にびくついてしまうのであった。

 

 今自分の後ろに用意されている荷物は、どうやら魔物関係の素材であるらしい。

 魔物素材というと高級品で、騎士団の偉い人が武器に使っていたりすることがある。

 素材の時点では知らないが、完成された品物は目が飛び出すような額で取引されている。

 

 なまじ知っているからこそ、ビアットはきょろきょろと警戒をしてしまう。

 何せこれは宝の山だ。

 どうやら壊れ物も入っているようだし、グレイが来るまで何としてでも守らなければならない。

 

 そんなビアットに、剣を帯びた身分の高そうな二人組が近寄ってくる。

 背の高い細身の男と、背の低い丸っこい男だ。

 にやにやと笑っていて、嫌な予感しかしない。

 

 頼むからこっちへこないでくれ、とビアットは気づかないふりをしていたが、願いもむなしく二人組はビアットの前までやってきた。

 

「お前、この間王宮で歩いているのを見かけたなぁ……。こんなところで地面に座るなど恥を知れ」

「確か第十一王女様と一緒にいる、ウェスカとか言うやつと一緒だったよな? まったく、どこの馬の骨かわからないやつばかり集めて王宮をうろつかせるのはどうなんだろうね」

 

 恥ずかしいと思うのならわざわざ話しかけてくるなよ、と思いつつ、ビアットは慌てて立ち上がって「すみません」と頭を下げる。

 相手の身分が高そうなのでここは下手に出るしかない。

 

 それにしたってこの二人組、やたらとクルム陣営に詳しい。

 そもそもまともな貴族ならば弱い者いじめなどしないし、クルムの動向など気にしない。自分が所属する陣営で役に立てずに味噌っかす扱いされているから、自分たちでも攻撃できそうな相手を常々探しているのだ。

 今回も、以前見かけたことのある奴が必死で荷物を運んでいるのを見て、こっそり嫌がらせでもしてやろうかとついてきたのだ。

 要は暇なのだろう。

 

 大したことのない奴らのなのだが、そんなことはビアットにはわからない。

 

「お前、みすぼらしい格好の大男と一緒にその荷物を外へ運び出したようだが、まさか王宮から盗んできたんじゃないだろうな?」

「ま、まさか!」

 

 ビアットが今一番触れてほしくないのはこの荷物についてだ。

 

 ビアットはグレイが魔法使いをしっかり殺しているのを見た。

 だからこそ、グレイが敵に躊躇しないことをよく知っている。

 万が一中身に破損でもあったりすれば、『お前の頭も同じ状態にしてやるわ』とか言って、頭がい骨ごと粉砕されかねない。

 恐怖のあまりビアットの想像するグレイは、現実よりもっと話の通じない怪物的な老人となっている。

 

「中身はなんだ?」

「な、なにやら魔物の素材だそうです」

「魔物の素材……? どこから持ってきた」

「わ、分かりません」

 

 嫌がらせで問い詰めてみれば、思っていたよりずっと怪しい。

 これはもしや本当に泥棒なのではないかと思い始めた二人は、顔を見合わせてからビアットを更に厳しく問い詰める。

 

「分からないものを持ち出したのか!」

「し、しかし、個人の所有物かと! クルム様の管理する部屋から運んできましたので!」

「その前はどこにあったのだ」

「そ、それは、わかりませんが……」

「怪しい……。中身を見せてみろ」

 

 ビアットは近寄って麻袋に手を伸ばそうとした男の前に慌てて立ちはだかる。

 

「す、すみません。それだけはご勘弁ください」

「怪しい、怪しいぞ」

「怪しくありません! こ、これに何かあったら、俺、こ、殺されるかもしれないんです!」

「魔物の素材くらいで王女付きの従者を殺すやつなんているわけないだろうが! まさか本当に妙なものが入っているんじゃないだろうな!」

「入ってません! 本当に入ってません! さっきこの中に魔物の素材が詰め込まれていくのをちゃんとこの目で確認しました! 本当に勘弁してください、お願いします」

 

 あまりにも怪しかった。

 まだ中身を見せろといっただけで、押収するとか、どこかに通報するなんて話をしたわけではないのだ。

 だというのに過剰に中身を見せまいとする。

 もちろん、ただグレイが怖いばかりに過剰になっているだけなのだが、二人にはそんなことはわからない。

 

 二人のちっぽけな正義感と功名心がむくむくと頭をもたげる。

 

「おい、いまだ!」

 

 背の高い方がビアットの腕を掴んで羽交い絞めにしようとする。

 その隙に小さい方が袋に向けて駆けだした。

 ビアットは慌てて空いている方の腕を伸ばして小さい方の腕を掴む。

 

「やめてください! お願いします! お願いします!」

 

 もはや悲鳴のような声だった。

 ビアットは少しばかり兵士として訓練したが、下級貴族の二人組は、普段からのんべんだらりと暮らすばかりで、体を鍛えたことなどほとんどない。

 多少人より学はあるが、人を捕まえることなどまともにできようはずがなかった。

 

 ろくに戦ったこともない大人が三人、大きな声をあげながらバタバタしているのは、とても見苦しい光景であった。

 とはいえ、本人たちは必死で本気である。

 

 ビアットは命がかかっていると思っているし、二人組は正義の味方の気持ちだ。

 

 どうやら多少なりとも鍛えており、下町育ちであるビアットの方が力があったようで、どうにかこうにか二人を麻袋から引きはがして尻もちをつかせることに成功する。

 

「いったた……」

「貴様ぁ、殴ったな!?」

「殴ってません! すんません、すんません! 本当にもう勘弁してください!」

 

 喧嘩は第二ラウンドに突入しそうだ。

 立ち上がった二人が剣を抜いたことにビビりちらしながらも、ビアットは麻袋の前で必死に謝罪を続けるのであった。

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