転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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80話 君たちをどう処理するのか

 グレイがぼろい荷車を引いて戻ってくると、何やらビアットのいる場所が騒がしい。

 一応目立たぬように路地を一つ曲がったところに待機させていたためか、人々は聞こえてくる声を気にすれども、奥まで見に行ったりはしていないようだ。

 好奇心は猫を殺すというし、正しい対応なのだろう。

 

 グレイは荷車をその場に下ろすと、そんな人々の間を縫って路地裏へ入っていく。

 老人ながらもその大きな体を見て、止めとけと忠告する者はいなかった。

 

 こちらもまた、下手に声をかけないほうがいいと判断されたのだろう。

 流石王宮の近くをうろつくだけあって、賢明な人間が多いようである。

 

 そっとかどからのぞき込んでみると、へっぴり腰がふたつ。

 剣を手に持ちながら、ビアットの胸ぐらをつかんでいる。

 どうして武器があるのにあそこまで接近しているのかとグレイは首をひねる。

 もしグレイが相手だったら、武器を抜いて構えてきた時点で首をへし折られていてもおかしくない。

 

 身なりは良いので、ろくでもない貴族の子供であろうことは一発で察しが付いた。

 

「中身を見せろと言ってるだけだろう!」

「すみません、無理ですホント無理です、ごめんなさい、勘弁してください!」

「この……!」

「ひっ」

 

 片方のへっぴり腰がへっぴりパンチを放つ。

 ろくに拳を作って喧嘩したこともないのだろう。

 ビアットに多少のダメージは与えられたようだが、拳も痛めたようである。

 

 ビアットの方も殴られて確かに痛かっただろうに『あれ、大したことなかったな』みたいな顔をしている。

 その表情を見て馬鹿にされたと思ったのだろう。

 丸くて小さい鏡餅の様なへっぴり腰は、手のひらで無茶苦茶にビアットを叩き始める。

 

「す、すんません! 勘弁してください!」

 

 随分と酷い目に遭わされているのに、ちゃんと荷物を守っているビアットを見て、グレイは鬚をなでながらゆっくりと角から顔を出した。

 巨体が物音ひとつ立てず近付いていき、真後ろに着いたとたんぬっと腕を伸ばす。

 

 右手でビアットを捕まえているひょろっとした男の腰のベルトを。

 左手でビアットを叩いている丸い男の襟首をがしっと掴んで引き寄せる。

 

「うわぁ!」

「な、なんだぁ!?」

 

 ビアットが解放されたのを確認して、グレイはその二人をポイっと地面に投げ捨てる。そうしてビアットの前に仁王立ちして、慌てて取り落とした剣を拾っている二人組を見下ろした。

 

「せ、先生!」

 

 恐怖の対象も自分の味方となればこれほど頼りになる者はない。

 救世主の背中を見て、ビアットは歓喜の声を上げた。

 

「ふぅむ、あれはなんじゃ?」

「こ、この袋の中身を盗んできたものと疑って、中身を見せろと……」

「なるほどのう」

 

 二人は立ち上がるとグレイに剣を向ける。

 ビアットはどこにでもいそうな庶民顔だが、グレイは老人とはいえ圧倒的な上背がある。少しばかり怖いのか、へっぴり腰がさらにひどくなっていた。

 

「一つ聞くが……その剣、儂に向けるんじゃな?」

「な、なにを言ってる! 私たちはその袋の中身を見せろと言っているのだ。魔物の素材かどうかも怪しいぞ」

「会話もできぬ阿呆か。まったくしょうもないのう。やはり貴族というのは糞じゃな、糞」

 

 文句を言いながらグレイは平気で前進する。

 

「な、なんだお前! 近付くな!」

 

 一方で剣を構えているはずの二人はどんどん後退していく。

 立場が完全に逆転していた。

 

「なぜ儂が、まだ貴族の身分すらないガキに、偉そうに命令されねばならんのじゃ」

 

 もちろん、相手がちゃんとした貴族であろうと、気にくわないことであれば言うことを聞く気などないが。

 二人は表通りから見えるところまで後退して、足元に落ちていたゴミに躓いて尻もちをついた。

 

「く、来るな来るなぁ!」

 

 ひょろっとした男の方が剣を振り回し、それがたまたま綺麗に刃筋を立ててグレイの腕へと吸い込まれていく。

 本人も驚きの結果で、思わず息を飲んで目を閉じてしまったが、脳内ではすぐさま『貴族に対して無礼な態度をとったこいつが悪い』という自己正当化がなされていた。

 

 何かにぶつかって剣が止まり、男はそーっと目を開ける。

 するとそこには、人差し指と親指で剣の刃をつまんだグレイの姿があった。

 

「……やったな?」

 

 瞬間、剣が爆ぜて刃が折れる。

 二人が同時に悲鳴を上げながらさらに後ずさりし、壁にぴったりと背中をつけた。

 もう逃げる場所はない。

 

 グレイの表情はフードに隠れていて良く見えないが、二人は生まれて初めて殺意というものをその全身に浴びた。

 剣を指先で破壊するような老人である。

 自分の未来を想像した二人は、グレイが近づくにつれてだんだんと呼吸を早め、最後にはひゅっと息を飲んでその場で意識を失ってしまった。

 

「情けない奴らじゃのう……」

 

 グレイは意識を失った二人を引きずって路地の奥へ連れていき放り投げる。

 地面に落ちている無事な方の剣を拾ったグレイを見て、ビアットは引きつった表情で尋ねる。

 

「せ、先生、何をしてるんですか?」

「うむ。後顧の憂いを絶っておいたほうが良いか考えておるところじゃ」

 

 どうせ下級貴族だから大したことはできやしないだろうが、喧嘩を売られて放っておくというのも問題がある。

 ここで殺してしまうのは簡単だが、人目があった。

 さて、もうすぐクルムの晴れの日も近い。

 どう処理するべきか。

 

 グレイがいつもと変わらぬのんびりとした歩みで二人に近付いていく。

 その時、表通りの方から人が駆けてくる音がした。

 グレイは即座にポイッと剣を投げ捨てる。

 互いの武器で殺し合ったように偽装でもしてやろうかと思っていたが、誰かが来たなら話は別だ。

 

「大丈夫か!? 何か……」

「ふむ」

 

 騎士たちが路地裏に姿を見せ、グレイを見てぴたりと止まり、ものすごく嫌そうな顔をした。

 ちょうど昨日ロブスにけちをつけていた騎士たちだ。

 後輩いびりをするくせに、意外と真面目に働いているらしい。

 昨晩散々絞られて、グレイに近付くなと説教されたばかりである。

 

「こ奴らが昨日〈要塞軍〉から貰ってきた素材を、盗んできたんじゃないかとうるさくてのう。うちの従者の顔をこんなにしてくれた挙句剣まで抜きよった」

 

 折れた剣が落ちているだとか、グレイに傷一つないとか、肝心の二人が気絶してるとか、色々と突っ込みどころはあったが、騎士たちはそのすべてを飲み込んだ。

 何せ昨晩、副団長から直々に、『自分でも勝てないかもしれない相手だから、絶対に余計な刺激をするな』と、よくよく言い含められているのだ。

 

 罰代わりにこうして巡回をしてみればさっそく出会ってしまったのは本当に不運である。

 

「濡れ衣でうちの従者がこんなに殴られたんじゃ。もちろん、それなりの対応をしてもらえるんじゃろうな?」

「は、まぁ、そうですね、はい」

 

 昨日の元気はどこへやら。

 やばい奴だと聞けば確かにやばそうなガタイと鬚とふてぶてしさをしている。

 さっさとどっかに行って欲しいというのが騎士たちの本音だ。

 

「嘘偽りないな」

「ええ、はい、もちろん」

「よし、では儂は用事があるのでここは任せるとするか。ビアット行くぞ」

「はい!」

 

 軽い方の袋を抱えたグレイは、ビアットにそれを託し、残る荷物を自分で持って路地裏から去っていく。

 二人の騎士は足音が聞こえなくなるのをしっかり確認してから、顔を見合わせて「どうすんだよこれ……」と途方に暮れて呟くのであった。

 

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