いわゆる手押し車タイプの荷台に、適当にその辺から貰ってきた木の削りくずなどを詰めて緩衝材にし、ゆっくりと街の中を押していく。
グレイに「少しは体を鍛えよ」と言われて、ビアットがふうふう言いながら押しているのだが、顔立ちが平凡なだけあって、その姿は割と街に馴染んでいる。
やや目立ってしまっている理由は、王宮勤めになってぴしっとした服を着てしまっていることと、隣に背の高い鬚の老人が歩いているせいである。
「しかしお主、なぜあれだけ叩かれて袋の中身を見せなかった」
「い、いや、壊れ物だって先生がおっしゃってたので、乱暴に扱われたら、大変だと」
息を切らしながら答えるビアットに、グレイは「ふぅむ」と唸った。
適当に拾ってきたから、何か問題を起こせば放り出すか口封じでもすればいいかと思っていたが、なかなかどうして言われたことをきっちりこなす。
「お主、なぜ兵士をやめたんじゃ」
「別に、大した理由じゃ、ないんですよ」
ビアットは今も丁寧に、荷物を揺らさぬよう腕に力を込めて荷車を押している。
もちろんグレイを怒らすことが怖いからという理由もあるが、生来あまりふざけた人間ではないのかもしれない。
「真面目に仕事、してるのに、意地悪な婆さんみたいに、細かいことばっかり言ってくる奴が、いるんです。兵士って、騎士みたいに華々しくはなれないけど、国のために働いてるんすよ。でも、なんか、はぁ……」
色々と言い訳をするように話してから、ビアットは黙って聞いているグレイの顔をちらっと見た。今までは酷く適当に扱われてきた感覚があったが、今日はグレイの方から話を聞いてくれている。
大きく息を吐いてから、ごちゃごちゃと言い訳をするのをやめて核心の部分をズバッと話すことにした。
「先輩に父親のこと馬鹿にされて、喧嘩になったんです。結局ひどく負けて、俺だけが悪いって話にされて、思わず兵士をやめました。うちの父親は確かにうだつが上がらない兵士で、俺だってちょっと馬鹿にしてました。何年かしたら、俺の方が立場が上になってるかもしれないって思ってましたよ。でも他人に馬鹿にされるとどうにも腹が立つものです」
「馬鹿な男じゃのう」
ビアットは話さなければよかったかとへこみながら、ちらりとグレイの顔を伺う。
するとグレイは穏やかな表情で楽しげに笑っていた。
片方の唇の端だけをあげるような嘲笑ではない。
ビアットにはそれが、仕方のない奴だと親しみのこもった笑顔であるように見えた。
そんな顔もできるのかと驚く。
「それでやけ酒か」
「ええそうです。普段は酒なんて飲まないのに、幼馴染と馬鹿みたいに飲みました。気づいたときには先生に頬をひっぱたかれて吐いてましたけど」
「良い気付けになったじゃろう」
「目は覚めました」
「ほっほ」
グレイが声をあげて笑ったので、そのまま永眠するかと思ったことは心の中にしまっておく。
「……先生。俺もクルム様に何か贈りたいのですが、いい案はありますか? 気持ちばかりになってしまうと思うのですが」
ビアットは一応、どこの馬の骨ともわからない自分を拾ってくれたクルムに感謝をしている。
上司であるウェスカは真面目に優しく仕事を教えてくれるし、新しい仕事場にはいびってくるものも、父を馬鹿にするものもいない。
ただちょっと、時折命の危機を感じるくらいである。
王女に贈り物なんて何をしたらいいかわからない。
下手な物を贈って無礼になってはまずいし、そもそも先立つものもあまりない。
ビアットは気づいたら、怖いながらも頼りになりそうな老人へ姿を変貌させたグレイに、どうしたものかと相談を持ち掛けていた。
「ふむ……、気持ちならばもう良いのではないか?」
どういうことかと見上げると、グレイは悪戯っぽく笑っていた。
「顔を腫らすほど殴られて魔物の素材を守ったのじゃ。儂が贈る物にお主の気持ちは十分乗っておるじゃろう。連名で渡せばよかろう」
「い、いいんですか? 俺、な、殴られてただけですよ?」
「ビアットよ、普通のう、出会って数日の者から頼まれたことなど、命の危機を感じてまで守るような事じゃあないのだ。儂はそういう義理のない輩は大嫌いじゃがな」
「……ありがとうございます」
グレイは偏屈で面倒で怒りっぽい老人だが、意外とちょろい。
自分の欲望だけに従わず、役割や義理のために命を張れるような人間のことは割と評価するタイプだ。
今回の外出は、どうやらグレイにとってもビアットにとっても、相手を見直す良い機会になったようである。
「どうじゃ、全部持ってきたぞ」
勝手に人の家に上がり込んだグレイは、奥で作業をしている二人に許可を取らず、持ってきた素材を次々とテーブルの上に並べていく。
「適当においとけ!」
随分と元気になった老職人ヴァモスが声を張り上げてから、数度咳をする。
それでも顔色はよく、眉もきりりと吊り上がって活気があった。
「よいか、儂はちゃんと全部用意したからな! 期日までに間に合わせるんじゃぞ!」
「おう、任せとけ!」
「返事しとらんで集中せい!」
元気よく返事をしたのは、寝る間も惜しんで目元にクマを作っているラーヴァだ。
ちょっと気を逸らしただけでヴァモス老にどやされる。
鱗の表面部分を削るために幾度も幾度もノミの尾をハンマーでたたくため、作業場は酷くやかましい。
大声を出さねば声が通らない現場を見て、加工屋の現場をみたことのなかったビアットは目を丸くした。
「いいか! 必ず間に合わすんじゃぞ!」
「うるせぇ! 邪魔じゃ! さっさと帰れ!」
「客に何て口をきくんだくたばりぞこないが!」
「うるせぇ爺! お前よりは長生きしてやるわ!」
ヴァモス老は騒ぎながらもラーヴァの手元から一切目を離さない。
グレイはついでに買ってきた食事も一緒にテーブルに乗せると「帰るぞ」と言って、来た時同様勝手に裏口をくぐった。
そうして最後にもう一度、顔だけを部屋の中へ入れて大声を出す。
「飯も買ってきたから適当に食え! 依頼の品が完成しだいくたばってもいいぞ!」
そうしてさっさと退散すると、中から何事か言い返す声が聞こえてきた。
元気で面倒な糞爺たちである。
「うむ、活気があって良い」
「あ、そうですか……」
満足げなつぶやきを聞いて、ビアットは『やっぱりこの人ちょっとやばいな』と、グレイを正しく認識し直すのであった。