転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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85話 先輩後輩

 グレイは会場へ向かう途中、見たことのある筋肉質な男を見かけて声をかける。

 

「何しとるんじゃ、お主」

「あ、先生。ダメもとでスペルティア様のご機嫌取りに、買い出しに出てるんすよ」

「勧誘はしないという話じゃったろう」

「勧誘はしてないっす。治癒室に居座ってるだけっす」

 

 この小さな体に筋肉が詰まったような男が部屋にいたら、それだけで室温が数度上昇しそうだ。

 勧誘されるのも鬱陶しいが、黙って部屋に居座られるのも相当鬱陶しいだろう。

 もし根競べをしているのならばやり方は間違っていないが、間違いなくスペルティアの機嫌は損ねているはずだ。

 だからこそ買い物を頼まれて追い出されたのだろうけれど。

 

「先生こそ何してるんすか」

「うむ、クルムの誕生日でのう。それに参加するんじゃ」

「あ、そうなんすか。じゃ、俺も行くっすよ」

「荷物はどうするんじゃ?」

「あ、届けてくるんでどっかで待っててもらえないっすかね」

「まぁ、よかろう」

 

 今から行ってもまだ早いので丁度よかった。

 グレイは適当に、外にテーブルを出している店で茶と菓子を注文して時間を潰すことにする。

 この店は昔からこの場所に有って、過去に数度利用したこともある。

 街並みは少しずつ変わっているが、こうして残っている店に立ち寄ってみるのも乙なものだ。

 

 のんびりと街の景色を眺めていると、ふらりと怪しい風体の男が現れる。

 人から距離を取られながら歩くその男は、グレイがテーブルに着いていることに気づくと、ピタリと足を止め、そのままスーッと近寄ってきた。

 

「お邪魔しても?」

「良いぞ」

「ありがとうございます」

 

 これで怪しい男二人がテーブルに着いたことになる。

 グレイじゃない方の怪しい男は、口元まで布で覆い隠した男、パクスであった。

 商会長の癖にフラフラと街を歩いていたらしい。

 

 二人のテーブルの周りはぽっかりと空いており、完全なる営業妨害に、店員の顔は引きつっている。

 しかし、手を挙げたパクスが寄ってきた店員にぼそりと何かを言って金を渡すと、にっこりとして「畏まりました」と引き上げていった。

 パクスは自分が怪しいことも、店からして厄介者であることもはわかっているが。

 自分が白い眼で見られることはどうでもいいのだが、グレイまでそうなってしまっては困ると、パクスは袖の下を渡したのである。

 

 袂を分かちはしたものの、グレイのことは本気で慕っているパクスであった。

 

「今日はクルム王女の誕生日会があるそうですね」

「参加するのか?」

「さらっと誰が来ているのか見に行こうかと思いましてね。仕事でもないので自分の目で確認しようかと。先生こそこんなところで何を?」

「待ち合わせじゃ。最近たまたま教え子の一人に会ってのう」

「ほう、教え子ですか。どんな方です?」

「お主よりは後から来た奴じゃな。年は少し下か。〈要塞軍〉に所属しているそうじゃ」

 

 待ち合わせとは羨ましいと思いつつも、パクスはすました顔で「なるほど……」とだけ呟いた。どうしたってここでそいつが来るまで待機して、顔を拝むことを決めながら。

 

「そういえばお主、王宮に茶と菓子を届けてくれとるな。支払いをしようにも届けるものと会うことがない。お主に直接払えばよいか?」

「あれはクルム王女宛です。もちろん先生が召し上がって下さって結構ですが、お代はいりません」

 

 グレイはしばし黙り込んでどうしたものかと考えたが、追撃のようにパクスから「いただくならばクルム王女から」と言われ、素直に親切を受け入れることにした。

 パクスは長年顔を見せに来なかった割に、律義に物を贈ってきていたし、背中を見ただけでグレイであると気が付いた。

 立派になった教え子の些細な恩返しくらい、素直に受け取ってやるのも度量だろうと判断したのである。

 

「それにしても流石は先生ですね。魔物の素材が必要となれば、その方面にも教え子がいましたか。私の方でも探してみましたが、やはりなかなか大きな流通経路を確保するのは難しそうです。要塞軍では余っていると聞くので、そちらと交渉ができれば話は変わってくるのですが……」

「その辺りは直接話をするのが良かろう。儂は関与せん」

「ありがとうございます」

 

 止められないだけで十分だ。

 

 しばらく魔物の素材の話や、加工職人の話などを共有しているうちに、道の向こうから全力疾走してくる男が見えた。

 こちらもまた、街の皆が避けることによってまっすぐ走ることができている。

 

「先生、おまたせしたっすね。ええと、誰っすか、その黒尽くめの怪しい人。なんか先生たちが怪しいせいで、店がガラガラになってないっすか?」

「なかなか個性的な方ですね。初めまして、パクス商会の商会長、パクスと申します」

「あ、どうもご丁寧に。俺は〈要塞軍〉大隊長のロブスっす」

 

 お互い相当な肩書と妙な迫力があるが、そのお陰か怯む様子もなく手を握る。

 

「ロブス殿も先生の教え子だそうで。私もまだ子供の頃に随分と世話になったんです。もう二十五年ほど前のことになるでしょうか」

「あ、そうなんすか。じゃ、先輩っすね。俺は大体……二十年はいかないくらい前っすかね」

「なるほど、そうなりますか。折角の縁です、仲良くしてもらえると嬉しいですね」

「あ、いいっすよ。なんか怪しい格好ですけど、俺は治安を取り締まる騎士じゃないっすからね。全然大丈夫っす」

 

 パクスの方は色々と思うとこはあれど、先輩の方の余裕によって、かつての教え子たちの邂逅は穏やかに済みそうである。

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