転生爺のいんちき帝王学   作:嶋野夕陽

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グレイの側面

「まずはこれじゃな」

 

 グレイは袋からごろりとした深い紅色をした宝石を取り出して、パクスの方へと押し出す。

 

「これは……、バジリスクの宝玉ですね。いったい何の……?」

「子ができたことも知らず、祝っておらなかったからな。あの利発そうな息子にでも持たせてやると良い。宝石に反射させた光を浴びた者は、鈍重のデバフを受けることになる。解除も容易いが、魔法を扱えぬ者でもいざという時には役立つじゃろう。日の光より月の光の方が効果が強いことは覚えておいてよいじゃろうな」

 

 パクスは取り出したハンカチで宝石を包み、両手で持ってしばし黙り込んだ。

 それから静かに、穏やかな表情で「……ありがとうございます」と呟いた。

 

 そもそもバジリスクと言うのは目が合っただけでも石化するという、恐ろしい蛇の魔物だ。その目玉を加工したこの宝玉は、普段でさえ大変高価で貴重な物である。加工屋の数が減ってしまった今となっては、ちょっとした祝いで贈るようなものではない。

 

 パクスは、グレイがおそらく強いことや、何かしらの背景があることはなんとなく察しているが、その本来の姿までは知らない。だからこそ、グレイにとってこれが、ちょっと部屋を漁ったらひょっこり出てきた物であることも当然わからないのだ。

 心がぐっと動くのも無理はなかった。

 

「少々失礼します」

 

 

 パクスは宝玉を大切に両手で持ったまま部屋から出て、大事に包み込んで貴重品が保管してある倉庫の金庫の中へと安置した。

 そうして一分ほど目頭を指でつまんで倉庫の天井を見上げる。

 たまたま近くを掃除していたパクスの息子は、扉が開いている倉庫を覗き込んでぎょっとする。

 

 いつも気持ちが悪いくらいに冷静な父親が、何か感激した様子で天井を見上げているのだ。

 

「……あの、父さん、なにを?」

 

 しかしさすがパクスの息子だけあって度胸がある。

 声をかけてみれば、パクスは「ふーっ」と大きく息を吐いて歩み寄ってきた。

 

「お前が生まれた記念にとな、先生がバジリスクの宝玉を下さった。身を守るために使えと。そのうち加工をしてやるから身に着けるといい」

「バジリスクの宝玉……? あの、先生とはこの間の大きなおじいさんですよね? な、なにをされている方なのです?」

「今はクルム王女の教育係だが、昔は、誰からも見捨てられたようなスラムの入り口で、子供たちに教えを説いていた人だ。父も母も知らぬ私は、数年だが先生に育てられたようなものだ。何の見返りも求めずにな。そういう方なのだ」

 

 パクスの息子は、あのちょっと怖い感じの爺さんがそんなに素晴らしい人だとは思っていなかった。父がちょっと変な奴に騙されているんじゃないかと心配していたくらいだが、話を聞くとどうやら偉大な人物らしい。

 当時のグレイの思惑はともかく、少なくともパクスはグレイのことを確かに敬っているのだ。

 

「それじゃあ、僕からもお礼を」

「それはいい。私がする。お前は店のことをしていなさい」

 

 ぴしゃりと言ったパクスは、早足でグレイのいる部屋へと戻っていく。

 パクスの息子は、子供のように浮かれているように見える父親の背中に向けて、「本当に大丈夫かなぁ?」と呟くのであった。

 

 

 パクスは部屋へ戻ると、ゆったりと席について指を組み、背もたれに体を預けた。

 

「お待たせいたしました。さて、話を戻しましょう」

 

 何食わぬ顔をしているが、先ほどまで息子に心配される程度には浮かれていた三十代半ばの男性である。

 

「さて、パクス商会では依然として変わらず、腕のいい加工屋を探しております。先生はヴァモス殿を紹介してくださるのですか?」

「その辺りは本人次第じゃな。儂は一応こ奴に、うちの専属で雇うと約束しておる」

「となると、王宮で?」

「王宮!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのはラーヴァの方だ。

 商人ならばともかく、王宮となると想像がつかない世界だ。

 そもそもこんな乱暴な言葉遣いで、みすぼらしいローブを纏う恐ろしげな老人が、王宮勤めだなんて聞いていない。

 

「うむ。まぁ、お主のところに預けても良いが、クルムのところに加工場を用意しても良い」

「……危険が伴うのでは?」

「じゃからこ奴ら次第じゃ」

 

 ヴァモスとラーヴァは顔を見合わせたが、すぐにどうすると決められるものではない。驚く気力もなくなったヴァモスは、深いため息をついてから提案をする。

 

「……〈要塞軍〉から帰ってきて考えるというのはどうだ?」

「それまでに加工場の準備をしておいた方がいいと思うがのう」

「当面は今の家でやりゃあいい」

「大手の所属となれば嫌がらせもあるかもしれんぞ」

「……その辺りは私の方で見ておきましょう。そんなことより、このお二人も〈要塞軍〉へ?」

 

 全てを把握しているのはグレイだけだ。

 周りは完全に振り回されている。

 

「うむ、何やらこやつの息子が〈要塞軍〉に召集されてから帰ってきていないようでのう。その調査をする約束をしておる」

「なるほど……? では時間はまだありますし、どちらの加工場を作るとしてもパクス商会の方で全面的に協力させていただきます。クルム王女陣営の加工を最優先とし、それがないときはパクス商会の依頼を優先、という形でどうです?」

「俺はそれで構わねぇが……」

「儂は知らん。〈要塞軍〉の下へ向かう途中、お主ら全員で話し合うが良い」

 

 自分で持ってきた話だというのに、結論を出すのは丸投げだ。

 皆がワイワイと真面目に議論している姿を、グレイはにんまりと笑って眺めながら悦に入るのであった。

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