旅の間クルムは馬車に乗っているだけだったが、終始パクスと一緒にいたせいで精神の方は摩耗している。
そのうえ初めての遠出であったから、到着した日の夜は、早くに床に入って泥のように眠った。長距離の馬車移動は思ったよりもずっと尻が痛くなるものだと知ったので、帰りには何らかの対策をとるつもりでいるクルムである。
翌朝目を覚ましたクルムは、自室にてグレイと二人での朝食を済ませる。
パクスはパクスで、スリップと共に〈リガルド〉の商人と話をするのに忙しいらしく、今日からしばらくはそれぞれが自由行動となっている。
伝手もろくにないのに先んじて手紙を送っておき、到着から今朝までの間に訪問する商会を選定し終えているパクスの手腕は、流石以外の何物でもなかった。
ただグレイを持ち上げて喜んでいるだけの怪しい男ではないのである。
軍の重要なポジションについていながら報告もろくにできないロブスは、パクスの爪の垢を煎じて飲むべきだ。
先に街を散策してある程度の前情報を得ようと、パクスたちは早い時間から出かけており、すでに宿にはいないらしい。
部屋で食事をしているのは、パクスを避けているわけではなく、単純に人に聞かせられない話をするかもしれないという、クルムの念のための配慮であった。
「〈要塞軍〉の大将に会うまで、ただ時間を潰しているわけにはいかないということは、昨日もお話しした通りです。先生はこの街について何かご存じですか?」
「いや、よう知らんのう」
グレイは〈リガルド〉の街を見て、『まったくもって、よくもまぁこんな場所に陣地を築いたものだ』と感心していた。
今の〈リガルド〉がある場所は、元々は他の貴族たちとの間の緩衝地帯のような場所だ。確かに昔から肥沃な大地であり、小さな村がいくつか点々と存在していた記憶はある。
だが、それだからこそ、どこの某の村であるとか面倒な争いが常に起こっており、いちいちそんな馬鹿貴族の争いに構っていられないアルムガルド家は、この近辺の全ての領地争いに口を出さないでいた。
そんなことをしなくても、魔物の素材でアルムガルド領は十分に潤っていたのだ。
つまるところ、この辺りは本来アルムガルド領であったところをアルムガルド家がうるさいことを言わないから、貴族共が勝手に取り合っていたというのが正しい。
おそらくアルムガルド家が撤退したのち、魔物が頻出するようになり、あれだけ領土の主張をしていた貴族たちは知らないふりを決め込んだのだろう。
そこへやってきたのが〈要塞軍〉で、これ幸いとばかりに〈リガルド〉を作り上げたわけだ。
きっと今頃、コバエたちがブンブンと羽音を鳴らしているはずだ。
〈要塞軍〉の大将は貴族嫌いと聞いたが、なる程その理由の一端が分かるような気がしたグレイである。
「お主には何か考えがあるんじゃろうか?」
自分の考えを放棄して、まるで試すようにクルムに言葉を投げかけるグレイ。
基本的にグレイがクルムの行動の指針を示すことはない。
ただ、気にくわないと嫌な顔をしたり、露骨に興味のない反応をすることはクルムも知っている。だからグレイが本気で何も考えていない、とまでは思っていないが、実際はほぼ何も考えていない行き当たりばったりだ。
クルムもまた、グレイのことをやや過大評価している。
何が起こっても最終的には腕っぷしで何とかすればいいというグレイの思考は、ある意味周りにいる人間の想像よりも、ずっと大物めいている可能性はあるけれど。
クルムもその言葉を待っていたとばかりに大きく頷いて口を開く。
「私の調べたところによると、〈リガルド〉の街は、冒険者の活動も活発です。他国での冒険者勢力は無視できない大きなものだと聞きます。まずは冒険者ギルドを覗いて、冒険者とはどんな人たちであるかを確認しておこうかと」
「ま、よかろう」
クルムの知っている冒険者は、街で落ちぶれているようなのか、ファンファの部下たち、あるいは今回同行した一家くらいのものである。
上から下まで一通り見ているが、活発な冒険者ギルドは見たことがない。
冒険者ギルドなんていうのは、半分ならず者の集まりみたいなものなので、王女が出向くにはおよそむいていない場所だ。
それでも、グレイはクルムの行動を止めるつもりはなかった。
実際グレイが長く暮らしてきた地域では、上位の冒険者が『勇者』などともてはやされ、国に対してそれなりの発言権を有していたりする。
グレイの目から見たところ、〈リガルド〉は、王都よりも冒険者が活躍している国に近い雰囲気を持った街であった。
準備を済ませて階下へ降りたクルムたちは、同じくちょうど部屋から出てきた、冒険者一行と鉢合わせする。
「おはようございます。サッシャー家の皆さんも今からお出かけですか?」
「ええ、まあ、そうですね。俺たちは冒険者ですから、街へ着いたらまずはギルドへ顔を出すんですよ」
冒険者チーム〈サッシャー家〉。
由来は普通に彼らのファミリーネームである。
中二病あふれる名前のチームが多い中、何ともシンプルでわかりやすいチーム名であった。
「奇遇ですね。実は私も冒険者ギルドを見せてもらおうと、先生にお願いしたところなんです。良かったらご一緒しませんか?」
「お、おお、別に構やしませんが……」
現サッシャー家の家長である男が、ちらりとグレイの顔を見る。
すなわち『お姫様をあんなとこ連れてって大丈夫か?』のアイコンタクトだ。
「ちょうど良い。では専門家に引率を頼むとするかのう」
それならば面倒ごとも丸ごとこいつらに任せてしまおう、というグレイお得意の丸投げを決めた一言であった。