――馬鹿どもが。
五体。選びに選んだ、夜鬼の中でも特に血を分け与え、理知を備えさせた五体だった。
牙も、爪も、再生力も、人を喰った数も、そこらの鬼狩りなら容易く捻じ伏せるほどに鍛えてやった。
だが、戻ってこぬ。
朧げな視界に、彼らの末路が焼きつく。
巨影が拳で岩を砕き、肉を粉砕し、霧散させた。
もう一人の剣士――木刀を構えたその男が、鮮やかな手練れで、喉を、首を、心臓を奪っていく。
呼吸など、ただの気功にすぎぬはずだ。
そう、思っていたのに。
喉の奥が焼ける。怒りが沸騰している。忌々しい陽(ひ)の気配。
「……ほう。なれば、貴様らは——我が“特別”ではなかったというわけか」
ぴくり、と。傍に控えていた鬼の一体が怯えたように身を竦める。
見下ろす。
その白い顔面に張り付くのは忠誠ではない。恐怖。
従属ではない、捕食されぬための服従。
「……ほう。貴様もだな」
手を伸ばす。
その鬼の顔がひび割れる。
無惨の掌が触れた瞬間、血が逆流し、細胞が壊死し、皮膚が破れ、肉が蒸発する。
絶叫も出ぬまま、鬼は塵と化した。
「……貴様らは、私の力を得たくて跪いたのではなかったのか?」
その問いに、誰も答えない。
沈黙。重く、乾いた気配。
膝をついている残りの鬼たちが、口々に「恐悦至極にございます」「忠誠を」「命にかえて」と言うが、それが空疎に聞こえる。
「嘘吐きどもが」
再び、掌が振るわれる。
脳天から割かれ、頭を潰され、内臓を撒き散らしながら三体が消し飛んだ。
残るのは、ひとり。
女の鬼が、震えながら跪いている。綺麗な髪をした鬼だった。
無惨は、それに背を向けた。
「逃げよ」
女の鬼が、驚きの声を上げた。だが、振り向いたその瞬間、無惨の声が落ちる。
「二度と、私の前に姿を見せるな。さもなくば、今度こそ“本当に”跡形も残さぬ」
背を向けたまま、足音もなく去っていく。
廃寺の奥、闇の底。
そこに、無惨の影が消えるとき。
彼は、深く、冷たく、呟いた。
「……本物の鬼だと? 愚かな」
「神でも、悪魔でも、例え何であろうと……私の“理”には逆らえぬと、知らしめてやる」
血を滴らせる掌を、ゆっくりと見下ろす。
その指先に浮かぶのは、消滅した鬼たちの“痕跡”。
失敗作。捨て石。だが、この程度で終わる私ではない。
無惨は、考えていた。
――陽を持つ女。その胎児。
――己にすら届かぬ速さで動く剣士。
そして。
――ただ、殴るだけで鬼を潰す“何か”。
「……あれは、鬼ではない。だが人間でもない」
初めて、無惨の眼に、明確な「探求」が宿る。
彼は知りたいと思った。
あれが何か。どこから来たか。何故、“私のもの”ではないのか。
その夜、空は晴れていたが、地の底は黙したまま、赤く煮えたぎっていた。
夜が明けた。
すでに戦いは終わっちょった。
わしと縁壱で、五体の鬼を始末した。殴って、斬って、動かんようにして、それでもまだ身体を這っておった鬼を、最後は太陽が照らしてくれた。
五体とも、塵一つ残さず灰になって飛んでいった。
……ほとんどは、な。
庵の軒下。板の隙間に、ひと塊だけ黒い灰が残っとった。
風が吹き込まん場所。朝露で少し湿ったのかもしれん。
わしはしゃがみこんで、そいつを指でつまんでみた。
触れた途端、鼻に刺すような臭気が立ちのぼる。
「……なんちゅう臭いじゃ……」
腐った血と、焼けた肉と、薬草を混ぜたみてぇな臭いがまじっとる。
自然のもんでも、神仏のもんでもねぇ。
なんというか、何かが“無理矢理”こしらえたような……そんな匂いじゃ。
わしは目を細めた。
「……こんなん、初めてじゃの」
殺しても再生する。斬っても殴っても、再生する。
鬼と呼ばれるもんは幾度も見てきた。
人に近いものから、怪異や穢れ、神の成り損ないまで――時代を越えて多くの異形と対じってきたが、こうまでしぶとく、太陽でしか絶命せんもんはおらなんだ。
「ほんまに……なんなんじゃ、お前らは」
そのとき、気配を感じた。
足音を立てぬ、静かな歩み。
振り向かずとも分かる。
縁壱じゃ。
あやつは、灰の向こうに視線を落としながら、小さく呟いた。
「町へ行ったとき、鬼の話を聞きました。……夜に現れ、人を喰らうと」
わしはふぅと短く息を吐いた。
まだ疲れが抜けておらん身を伸ばし、立ち上がる。
「迷惑なやっちゃな。……ほんなら、わしが最初に眼の奥に見たあの異形が、元凶っちゅうことかの」
脳裏に、**あの“眼”**がよぎった。
深い闇の奥、まるで底なしの淵から覗き込むような、あの目――
笑うでも、怒るでも、怯えるでもなく、ただ静かに見下ろしてくるだけの悍ましい“気配”。
「……あの眼の奥におった……人でなしの気配よ」
縁壱が、わしの言葉に目を伏せる。
「……無惨」
あやつの声が、珍しく震えとった。
わしはうなずき、再び灰を見下ろした。
「……あれは“鬼”ちゃう。いや、わしら古きもんから言や、“まがいもん”じゃ」
「本物やない……つくりもんじゃ。欲と、恐れと、血を混ぜたような……おぞましい存在よ」
縁壱が拳を握るのが、わしの隣で音もなく伝わってくる。
わしは空を仰いだ。朝日が昇り、山の端を金色に染めとる。
「けどの、縁壱。わしらはひとまず勝った」
縁壱の横顔に、わずかに笑みが浮かぶ。
灰は、風に乗ってゆっくりと消えていった。
ちょっとだけ無惨のパワハラを書いてみました。