もし鬼滅の刃に本物のガチ鬼がいたら   作:物体Zさん

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剣っちゅうのは、息から始まるもんじゃ

 

 

 藤の屋敷の中庭では、朝の霞がまだ薄く漂っていた。

 

 その空気のなかで、数名の隊士が正座をして並んでいる。

 煉獄寛寿郎もそのひとり。誰もが背筋を伸ばし、真剣な眼差しを縁壱へと向けていた。

 

 縁壱は、木刀を手に静かに立っていた。

 その目は柔らかく、声は静かだった。

 

 「剣の前に、“呼吸”を整えてください」

 

 言葉とともに、彼は静かに鼻から息を吸い、腹の底までそれを落とす。

 そして、ゆっくりと吐き出す。

 空気が震えることもなく、ただ清らかに、透明な音が流れるようだった。

 

 「これは、俺が“鬼”と対等に渡り合うために編み出したものです。ですが、剣士である限り、誰にでも応用できます」

 

 その語り口に、寛寿郎たちは黙って頷いた。

 

 

 

 屋敷の縁側では、タケシが胡坐をかいて腰を下ろし、陽と並んでいた。

 

 陽は布で作られた手鞠を転がし、タケシはその行き先を面白そうに眺めている。

 

 「こりゃ、だんだん上手ぅなっとるのう。わしの方へぴたぁっと転がしてきよる」

 

 陽はぱちぱちと手を叩いて笑った。

 

 その笑顔の合間に、ふとタケシの目が縁壱へ向く。

 

 日差しを背負い、呼吸の型を解説する縁壱。その耳に、金色の日輪の飾りが揺れていた。

 

 「……あれ、なんじゃろうな」

 

 今まで気に留めなかったそれが、今日はなぜか妙に気になった。

 

 ただの飾りじゃない。

 装飾ではなく、“意味”を宿している。

 そして何より、その形から伝わってくるあたたかさ。包み込むような、どこか懐かしい、けれど“ただの人”ではない気配。

 

 それはまるで、大昔に感じた“あの時”と似ていた。

 

 ――岩の中から、己が身を割って出たあの瞬間。

 無のなかにいたはずのわしを“見ていた”何か。

 目もなく、声もなく、ただ存在そのものが“ここにおれ”と導いてくれたような……太陽の気配。

 

 縁壱の耳に揺れるその飾りが、あの時の気配と同じものを孕んでいるような気がしてならなかった。

 

 「……まさかな」

 

 タケシは鼻を鳴らして笑う。

 

 「神さまっちゅうのは、もっとめんどくさくて、こっちの首をねじってくるようなもんじゃ思うとったがなぁ」

 

 陽がまた手鞠を転がしてきた。

 タケシはそれを受け止め、ぽんと返した。

 

 「けど、そいつがおんしに力を貸したんなら……わしはそれを信じてもええかもしれんの」

 

 

 

 中庭では、縁壱の指導が続いていた。

 剣ではなく、呼吸。

 鋼ではなく、鼓動。

 

 その一つひとつが、確かに隊士たちの中へと刻まれていた。

 

 それは戦いの技術ではなく、“生きるための力”だった。

 

 

 

 

 それから更に数刻後……

 

 その奥、中庭では、朝から続く鍛錬が今もなお途切れることなく続いている。

 

 剣士たちは、それぞれの間合いで木刀を振り、呼吸を意識していた。

 だが、縁壱の前に立つと、誰もが戸惑いを隠せない様子だった。

 

 「……うまく、繋がらないんです。動きと、息が」

 

 そう言って汗を拭うのは若い隊士だった。

 

 煉獄寛寿郎もまた、眉間に皺を寄せていた。

 

 「“日の呼吸”……この技は、俺には重すぎるのかもしれません」

 

 縁壱は静かに首を振った。

 

 「あなたの剣は……“火”です。だからこそ、“日の形”が合わないのです」

 

 「……火と日。近いようで、違う?」

 

 「ええ。“日”は、照らすもの。全てを包むための呼吸。でも、“火”は違う。燃えて、焼いて、敵を断ち斬る」

 

 そう言った縁壱の瞳が、すうっと変わった。

 

 その奥の景色が――透けて見えた。

 

 筋肉の動き、血の流れ、骨のわずかな軋み。寛寿郎の全身が、縁壱の眼には一糸乱れず“透けて”映っていた。

 

 「……背筋が強く、踏み込みが重い。肩の柔軟があるぶん、下半身の力を活かし切れていない。

 けれど、剣の運びに“熱”がある。あなたの剣は、烈火のように突き進むべきです」

 

 縁壱は、静かに木刀を構えた。

 

 そして、地を踏むと同時に斬り下ろす。

 

 一閃。

 

 空気が焼けるような“音”が走った。

 それはまさしく、火柱の如き一太刀だった。

 

 「これが、“火の呼吸”の一例です」

 

 寛寿郎は、目を見開いた。

 

 「……“火”の、呼吸……!」

 

 「日の呼吸は、誰にでもは合いません。でも、そこから生まれる流れは、無数にあります。

 俺は、あなた方一人ひとりに合った“呼吸”を探して、渡すことができます」

 

 その言葉に、隊士たちの顔が変わった。

 

 縁壱はその後、順番に隊士たちの前に立ち、ひとりひとりを見つめていった。

 

 細身で速さを武器にする者には、空気を切り裂く風の呼吸。

 脚力の強い者には、地を砕く岩の呼吸。

 優れた聴覚を持つ者には、震えを感じとる音の呼吸。

 水のように柔らかく動く者には、水の呼吸。

 

 “日”から分かたれた無数の枝が、それぞれの隊士のなかで芽吹き始めた。

 

 

 

 縁側では、タケシが陽の相手をしながらその様子を見ていた。

 

 「……あいつは、やっぱ“人間”の枠をはみ出しとるのう」

 

 陽がぱちぱちと手を打つ。

 その目もまた、縁壱たちの動きをじっと見ていた。

 

 「見るだけで、分かる。分かった上で、それを“使えるように教える”っちゅうのがすごいんじゃ。

 わしが同じもんを見たところで、どうにもならん。殴るか褒めるかしかできんしなぁ」

 

 陽がきゃっと笑った。

 

 「……おんしの笑いは、だいたいわしをバカにしとる笑いやろ」

 

 それでも、タケシは微笑んだ。

 

 陽の隣で、強くなっていく人間たちの姿を見る。

 それは、どこか安心できる光景だった。

 

 縁壱が、木刀を納めた。

 

 「……これが、あなた方の“始まり”です。ここから先は、あなた自身の“息”で、先を拓いてください」

 

 寛寿郎は、深く頭を下げた。

 

 「必ず……この力を、“鬼を断つ刃”に昇華してみせます」

 

 藤の花の陰で、生まれたばかりの“呼吸”たちが、音もなく芽吹いていった。

 

 

 鍛錬の終わりが近づく頃、中庭にゆったりとした沈黙が訪れた。

 

 隊士たちは皆、すでに個々に合った呼吸法の原型を授けられ、各自の稽古に入っていた。

 木刀の音が止み、呼吸の音だけがあたりに広がっていく。

 

 縁壱は、その場に座し、静かに隊士たちを見渡した。

 

 「……ここから先は、“その先”です」

 

 ゆっくりと口を開いたその声音は、風の音のように穏やかだった。

 

 「皆さんは今、剣を振るとき、意識的に呼吸を整えています。戦うために、動くために。

 けれど、それを“意識せず”に保てるようになれば――体はずっと強く、軽く、鋭くなれる」

 

 寛寿郎が目を伏せて、息を整えたまま頷いた。

 

 「それは、どうすれば……?」

 

 縁壱の瞳がすっと細められる。

 

 「体の内を意識してください。血の流れ、骨の支え、筋肉の伸縮。

 呼吸が全身に“循環”するように、絶えず空気を体に巡らせる。立っていても、歩いていても、眠っていても、です」

 

 ざわ……と、空気がわずかに動いた。

 

 「それが、“全集中の呼吸《常中》”」

 

 その言葉に、隊士たちの中に一瞬の沈黙が走った。

 

 「……寝ている間も?」

 

 若い隊士が、半ば笑うように尋ねた。

 

 「はい。目を閉じても、心を開く。眠りながらも、体は呼吸を止めない。

 それを続ければ、体は変わります。人の枠を超えていく」

 

 誰も、すぐには返事をしなかった。

 だが、その沈黙のなかにあるのは拒否ではなかった。

 

 “できるか”ではなく、“やるしかない”という覚悟の気配。

 

 寛寿郎が膝をついて深く頭を下げる。

 

 「……ぜひ、修めたい。俺は、この命を鬼のためだけに使いたくない。“守る”ために強くなりたいんです」

 

 縁壱はその背をまっすぐ見つめたまま、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 縁側では、タケシが膝枕代わりに寝転んでいる陽を見守っていた。

 

 「寝てても息を止めんとか……そんな無茶を、涼しい顔して言いよるのう」

 

 陽の胸が、小さく上下している。静かに、規則正しく。

 それを見てタケシはふと笑った。

 

 「けど、こいつは生まれた時から、ちゃんと息しとる。誰に教わらんでも、止めんでも、ずっと」

 

 そしてぽつりと呟いた。

 

 「……“生きる”ってことは、そもそも息しとるっちゅうことじゃの。わしらが後から学ばんとできんっちゅうのも、皮肉な話じゃ」

 

 

 

 その夜から、鬼殺隊士たちの本当の修行が始まった。

 

 呼吸を止めず、巡らせ、体に刻む。

 寝ても覚めても、息を整え、戦いに備える。

 それは剣術の延長ではなく、命の使い方そのものを変える試みだった。

 

 火、水、風、雷、岩――それぞれの剣士が、己の呼吸と向き合っていく。

 その根に流れるのは、縁壱が与えた“日の流れ”。

 

 それはやがて、数え切れぬ刃を生み出す大河となり、

 この国の夜を照らす光となっていく。

 

 

 

 ――だがその時は、まだ誰も知らなかった。

 この“呼吸の技”が、次の時代にまで受け継がれていくことを。






「わしもできるんかの?」



 夕暮れ、縁側。

 鍛錬を終えた隊士たちがぞろぞろと戻り、屋敷には静けさが戻っていた。
 そんななか、タケシがぽつりと口を開いた。

 「なあ、縁壱」

 「はい」

 「……わしもできるんかの? その“常中”っちゅうやつ」

 縁壱は、ほんの一瞬だけ間を置いた。
 その顔には、明らかに「なんて答えたらええんや……」という複雑な空気が漂っていた。

 「……タケシさんの身体は、人とは……ちょっと、いや、だいぶ……違うので……」

 「おん?」

 「えーっと……血が煮えたぎってますし、骨の密度が尋常じゃないし、たぶん呼吸がどうこうっていう以前に、肺がもう……」

 「つまり、どういうことじゃ?」

 「……もしかすれば……できるかも、です……“ちょっとは”」

 「よっしゃ! じゃあ今から常中じゃ!!」

 「え、今!?」

 「見とけ、わしの全集中!」

 タケシ、なぜか息を止める。

 「タケシさん、違う! 常中は“止めない”呼吸ですから!」

 「はああああああ……ぷぅううっ!!(顔真っ赤)」

 「だから止めたらだめですって!」

 「……なんじゃ、死ぬか思うたぞ……」

 「それはそうです……」

 「ほな縁壱、おんし……寝とる間もそれしとるんか?」

 「はい」

 「なんで死なんの?」

 「わかりませんけど……もう慣れました」

 「人間って……怖いのう……」

 そのとき、背後で陽がぱちぱちと手を叩いた。

 「ほれ見ぃ、陽も呆れとるがな」

 「笑ってますけどね」

 「……こやつ、わしのこと絶対バカにしとるやろ」

 夕日がタケシの背中を照らすなか、縁壱はそっと肩をすくめて言った。

 「……でも、“やろう”と思うことが、きっと一番大事なんですよ」

 「んだな!」

 そう言って胸を張るタケシの姿は、なんとも頼もしいやら、おかしいやら。
 藤の屋敷に、今日も笑いの風が吹いていた。
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